140



満足同盟(4) / ダークシグナー・不満足(6) / 満足町(11) / 鬼柳以外(2) / 無手札の鬼神(5) / パラレル(1)

満足同盟



 くすんで引き裂かれた緞帳は深みのある真紅。荒廃した舞台に取り残された空気をこの男はどう思っているのだろう。冗談めいて豪奢で、ちゃちな玉座に座すジャック。その引き締まった腿に頭を預けて考える。
「観客は?」
 問えばジャックは鼻を鳴らした。滑稽だと、自覚はあるらしい。
(はだかのおうさま・鬼柳とジャック/13.9.8/『赤』『募集中』『カーテン』shindanmaker.com/14509)




 ランプ、提灯、およそ明かりと呼べるものが雑多に夜を燃やす。適当に飾られた光では闇もまた斑。屋台の喧騒の裏側で影だけを踏んで歩く。唐突に腕を取られる。
「……どこへ行くんだ、鬼柳」
 相手は実直な、年下の仲間だった。にいっと笑って人差し指を立てる。内緒、もしくは天国。
(かげふみ・鬼柳と遊星/13.9.9/『屋台』『赤』『鉄棒』shindanmaker.com/14509)




 鬼柳の黄色い瞳は勝利の象徴だと思った。闇に煌めく明けの明星のようで美しい、この男は俺を弱者の人生から救い出してくれるのだ。
 思わず口にしてしまうと、鬼柳は笑いながら言った。
「俺がお前を、サテライトの王様にしてやるよ」
 鬼柳の瞳が黄色い硝子玉になった瞬間だった。
(しっつい・ジャックと鬼柳/13.9.14/『保護色』『金星』『黄』shindanmaker.com/14509)




 廃材置き場に据えられた舞台の上で子どもたちが並ぶ。何かの記念日が近いだとかで、サテライトにしては上等の衣装を揃いで身につけ童謡を口ずさんでいる。
「鬼柳にもあんな時代があったのか」
 遊星が妙に鼻息荒く呟いた。真意が透けて見えて鬼柳は笑う。教えてはやらない、まだ。
(さぐりあい・遊京/13.9.16/『変態』『幼児』『舞台』shindanmaker.com/14509)




ダークシグナー・不満足



 虫が這う。野晒の方がいくらかマシな獄中に衛生なんて言葉はない、蠅も百足も他の害虫も入り込み放題だ。放置された罅の入った茶碗にも黒い虫がくっついている。
 黒い虫が虫のようなものになるまでは早かった。殴られたせいで視界に斑点が混じる。最後に見たのは赤い目の蜘蛛だった。
(はいよる・鬼柳/13.9.21/『露天』『茶碗』『ムカデ』shindanmaker.com/14509)




 月のない夜に代わりにと、夜闇に浮かんだ黄色い虹彩が三日月を描く。映り込んで不穏に揺らめくのは虹色の世界。
「学がないから分かんねーけど」
 足元を覗きこんだまま、それでも隣のルドガーがそうだろうなという顔をしているのは分かった。
「あれは好き」
 早く逢いたい。なあ?
(ゆうせいりゅうし・遊←京/13.9.4(5)/『液晶』『変態』『新月』shindanmaker.com/14509)




 火星のように赤く燃える心臓を抉り出して、ららら…。
 ジャンク拾いの帰りだった。擦れ違った子どものどこか物騒な歌声に思わず振り向く。子どもは跳ねるような歩みをぴたりと止め、ゆっくりと遊星を振り返った。血の色をした歌とは対極の、氷のように冴えた髪色が印象的だった。
(よかん・遊星と鬼柳/13.9.7/『包丁』『火星』『幼児』shindanmaker.com/14509)




 月のない夜、橙色のランプだけが灯る部屋で、猫のような目が瞬いた。ミスティは獲物を見据えるように鬼柳の爪の先を見つめ、ふうと息を吐く。片手には小さな刷毛のようなもの。
「新色のサンプルですって」
「……分かんね」
 何色かに染まった己の爪を、鬼柳は暗がりに透かし見る。
(むいみなたわむれ・鬼柳とミスティ/13.9.11/『化粧品』『猫』『新月』shindanmaker.com/14509)




 賽は投げられた、とか、ルドガーが言っていた気がする。こういうことだろうか。高そうなスーツに死体の体を押し込めて鬼柳は考える。
 夏期休暇で暇なの、相手をしてくれないかしら。無理から鬼柳を連れ出した同胞の女は甘く微笑んでいる。シティの街灯の下、鬼柳の溜め息が散った。
(ごっこあそび・鬼柳とミスティ/13.9.20/『サイコロ』『夏休み』『モデル』shindanmaker.com/14509)




 白い粉の正体は知らない。ただの睡眠薬かもしれないし裏で流れている飛ぶ類の薬かもしれない。とにかくそんな粉を山ほど隠し持っていたことが解せず、ラモンは眼前の青白い頬を張った。
「死ぬならデュエルで死んでくださいよ、先生」
 この一言の方が白い粉よりよほど堪えるだろう。
(かそく・ラモ京/13.9.13/『ドーピング』『流行』『フルボッコ』shindanmaker.com/14509)




満足町



「どうしたんですか、先生」
 鬼柳が睨みつける案件は急ぎのものではない。普段ならもう少しダラダラ、いや、余裕を持ってこなしている癖に。
「お前と飲みに行くから残業にはしねーの」
「で、俺に愚痴るんですか」
「甘えてんだよ」
 眉間に皺を刻み、書類を睨んだまま返された。
(ていじたいしゃ・ラモ京/13.9.6/『約束』『残業』『責任』shindanmaker.com/14509)




 流行のアニメのテーマを口ずさみ子どもたちは駆けて行く。桜の彩る並木道は弾けんばかりの笑顔と調子外れな歌声で満ちていて微笑ましい。
「これがサテライトなんて、なあ?」
 隣で鬼柳が苦笑した。遊星もそっと微笑み返す。こんな日が、マーサにこんなことを告げる日が来るなんて。
(けっこんほうこく・遊京/13.9.12/『幼児』『流行』『桜並木』shindanmaker.com/14509)




 夏の雲が車窓の向こうで流れていく。手前にはガラスに頭を預ける鬼柳。がたん、ごとん、鋼の音とはまた違うリズムで、こくり、ことり。緩やかに船を漕いでいる。
 遊星は苦笑して、懐の携帯端末に手を伸ばした。電源を落とした端末は真っ暗。まだ、現実に繋がりたくはない。戻れない。
(とうひこう・遊京(かけおち)/13.9.15/『列車』『Web』『入道雲』shindanmaker.com/14509)




 首から下げたハーモニカだとか、書類で切って指に巻いた絆創膏だとか。普段なら気に留めない些細なものが今日はやたらと煩わしくて苛々する。
「先生、差し入れどーぞ」
 ラモンが滅多に出さないお手製タルトを持ってくる日はいつもそんな調子だ。口に広がる甘さに、差す反省が苦い。
(そんなひもある・ラモ京/13.9.17/『ネックレス』『タルト』『絆創膏』shindanmaker.com/14509)




 人肌ぐらいの温さのミルクに、小腹が空いたから何か菓子でも。探しても煎餅しかなかったので妥協、じゃあこれで。アンバランスな取り合わせを遊星が笑って、やっぱりおかしいよなと返した。
 夜明けの前の空の下、金星を見上げながらお互い微笑んでいる。奇妙で心地いい時間だった。
(みあげてごらんよあけのほしを・遊京/13.9.18/『人肌』『せんべい』『金星』shindanmaker.com/14509)




 乱暴に体を開かれて無理矢理押し込められる。そのために自分は存在するのだから抵抗のしようもない。
「待て鬼柳!」
「うるさい! もう出て行く!」
 激しい口論と揉み合い。しかし乱暴は濃厚なキスで終わった。
 荷を詰められた私の蓋を誰か閉じてくれないだろうか。恥ずかしい。
(とらんくもくわない・遊京/13.9.23/『トランク』『擬人化』『募集中』shindanmaker.com/14509)




 若き不動博士と呼ばれるのはもう慣れた。父と比べられたりまだ若造だと侮られていたり、ということだ。同意する他ない。他の研究員たちに添削を頼み、真っ赤になって返ってきた論文。遊星は溜息をつく。
 こんな時、鬼柳の声が聞きたくなる。けれどせめて日曜までは、頑張ってみよう。
(しっかりしよう・遊→京/13.9.24/『フルボッコ』『日曜日』『原稿』shindanmaker.com/14509)




 今時手紙なんて流行らない。何につけても時間がかかる。文字でのやり取りならメールのほうが早いし確実だ。
 けれど鬼柳と遊星は手紙でのやり取りを続けている。電話やメールとは違うお互いの表情がこそばゆく、心地良い。擦れ違った日々を埋めるように、今日も白い封筒が行き交う。
(てまひま・遊京/13.9.25(10.1)/『流行』『書簡』『流行』shindanmaker.com/14509)




『なあ、外見えるか』
「すまない、見えないんだ。手が離せない」
『また仕事立て込んでんのか? 今日すっげぇ三日月だぜ』
「そうか、鬼柳が言うならそうなんだろうな」
『なんだそれ』
「鬼柳」
『うん?』
「月が、」
 唐突に笑い声が遮る。
『直接言えよ、ゆーうせい?』
(きれいですね・遊京/13.9.27(10.2)/『ドーピング』『英語』『三日月』shindanmaker.com/14509)




 坊やたち、どこへ行くのと尋ねられた。鬼柳は尋ねた老婆と会話を弾ませ、話の礼と小さなチョコケーキを受け取っていた。
「坊やだってよ」
 跳ねるように笑いながら、鬼柳はチョコケーキに齧り付く。
「なあ、まだ俺らガキなのかな」
(げんじつ・遊京(かけおち)/13.9.28(10.2)/『列車』『老婆』『チョコケーキ』shindanmaker.com/14509)




 そこを退けラモン、などとあらゆる人間の敵意に囲まれている。
「先生を独り占めするつもりか!」
「ちげーよ!」
 仕事が終わるまで鬼柳は面会謝絶なのだ。もう日付が変わるじゃねえかと野次られて頭を抱えた。彼がこの街に来て一年、まであと数分。愛され過ぎも考えものだと思う。
(ちゅうかんかんりしょく・ラモンと町民と町長/13.9.29(10.2)/『フルボッコ』『時計』『ドーピング』shindanmaker.com/14509)




鬼柳以外



 名前を聞いて、大好きな飲み物と同じ味がするのかと思って口に含んだ。記憶にも味蕾にも苦いそれを水に溶かし、遊星はシャボン液を作る。ストローを突っ込んで取り上げて、ふうと息を吹き込む。虹色の球体がふわりと浮かぶ。その向こうに痩せた子どもが見えた。
 思えばあの子どもは、
(はじけてきえた・幼少遊→京/13.9.2/『シャボン玉』『乳』『まとめ』 http://shindanmaker.com/14509)




 流行色なの、とは。指に塗るには派手すぎる黄色いマニキュア。持ち主がクロウの腰ほどの身長の少女なのだから尚更だ。これが金色とか、深みのある色ならまだしも。黄色。アイツの目もこんな色だなと思った瞬間、クロウ兄ちゃんにピッタリの色!と少女の声に叫ばれて不覚にも動揺した。
(かなりあいえろー・クロ→京/13.9.3/『流行』『黄』『化粧品』 http://shindanmaker.com/14509)




無手札の鬼神



 市松模様の盤上でふたつの駒が向かい合う。
「これはジャック。……ジャックだけど、キング」
 ガリガリに痩せた指が王を取り上げる。大事そうに手の中へ。
「それで、こっちは」
「俺だ」
 即答して取り上げれば丸い目が嬉しそうに細められた。鬼柳はナイトの駒を手に、盤を辞す。
(うか・VJ鬼柳とゼロ番/13.9.1/『チェス』『模様』『年齢』http://shindanmaker.com/14509)




 青いホースから吹き出す飛沫に七色。外で遊ぶ――本当は某かの課題なのだが遊びとしか捉えていないだろう――なんてきっと初めてに違いない鬼柳は、筋肉痛になりそうだと呟きながら、笑って虹を追いかけていた。見かねてホースを首にかけて引き止めれば、ぐえ、と潰れた声がする。
(まるでいぬ・VJジャ京/13.9.5(6)/『ネックレス』『筋肉痛』『虹』http://shindanmaker.com/14509)




 鬼柳は空になった食器を片付けている。テーブルにはコーヒーのたっぷり残った、鬼柳の白いカップだけが残っている。
 ジャックは飲み口に引かれた紅を見、眉間に皺を寄せた。どれだけ諌めようと鬼柳は女のように装うことをやめない。それさえなければ、この感情を認めてやれるのに。
(うらめうらめ・VJジャ京(ジャックが好きすぎて自分が男であることがコンプレックスで女装してる鬼神さん)/13.9.10/『変態』『コーヒー』『合格』http://shindanmaker.com/14509)




 瓶に入った牛乳の冷たさとか、フィールに押されて無様に転んでしまった時にできた傷とか。そういう些細なものを分け合った相手を、今は執拗なまでに追っている。遠い。
 鬼柳はウェブ上に流れるジャックの写真を眺めて嘆息する。今の奴にとって、あの日々は瘡蓋のようなものだろうか。
(とどかないとどかない・VJジャ京/13.9.19/『牛乳瓶』『かさぶた』『サイト』http://shindanmaker.com/14509)




 紅色の粉を指先に掬って眺める。唇に引こうか、頬で散らそうか、瞼の上を飾ろうか。正しい用途はいざしらず、その行く末を考える。おんなのように装う、おんなになる、ということ。
 不意に紅を刷いた指先が取られた。あ、と思う間もなく王者の口内に吸い込まれる。疼痛。
「やめろ」
(べにをひく・VJジャ京(ジャックが好きすぎて自分が男であることがコンプレックスで女装してる鬼神さん)/13.9.26(10.2)/『赤』『リスク』『化粧品』http://shindanmaker.com/14509)




パラレル



 視界に飛び込む虹色の球体。鬼柳が瞬くと同時に弾けて消える。辺りを見回せばストローを吹く子どもの姿があった。
 シャボン玉遊びは施設でも人気だった。ジャックは覚えているだろうか。隣に立つ幼馴染を窺えば、英単語のカードに視線を注いだまま「やりたいのか」とだけ返ってきた。
(おもひでがいっぱい・VJジャ京(学パロ)/13.9.22/『シャボン玉』『英語』『英語』shindanmaker.com/14509)








BACK