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満足同盟(7) / ダークシグナー・不満足(2) / 満足町(6) / 鬼柳以外(1) / 無手札の鬼神(10) / パラレル(3)

満足同盟



 手足と顔中に絆創膏を貼った鬼柳が銀の円盤を差し出した。
「聴けるかな、これ」
 受け取りながら遊星は目を丸くした。
「どうしたんだ」
「カラスの巣にあってさ」
 好きなタイトルが見えたから、と照れたように笑う鬼柳を、遊星が信じられないものを見る目で見てしまったのは仕方がないだろう。
(あほのこ・鬼柳と遊星/13.7.3/『CD』『年齢』『絆創膏』shindanmaker.com/14509)




 主を亡くした部屋にぽつんと残された影。遊星が修理した古びたCDラジカセだ。薄く積もる埃を払いそっと再生ボタンを押せば、途切れがちに音楽が流れ出す。今は亡き男がよく口ずさんでいた歌。少し前の流行歌だとクロウに教えたのもあの男だった。歌声は徐々に歪み、最後にブツリと音を立てて止んだ。
(こわれた・クロ→京/13.7.9/『ノイズ』『ボタン』『流行』shindanmaker.com/14509)




 指はちょっと苦手。抉る感じとか。
 逆に舌は大丈夫。ぬるってするのはわりと好き。死ぬほど恥ずかしいけど。
 とにかく痛いのは絶対勘弁!
 鬼柳の度し難い供述を真摯に受け取り、遊星は今日もオンボロ端末を頼みに情報の海を浚う。超えるべき一線のために。今日も検索ワードは「男同士」、それから。
(したしらべ・遊京/13.7.11/『Web』『肉』『勇気』shindanmaker.com/14509)




 喉の渇きを覚えて水を汲みに行く。その途上、ジャックはランプを頼りにパソコンに向かう遊星を見つけた。
 今日も徹夜か。咎めるつもりでジャックは遊星に歩み寄り――画面を見た瞬間、反射的に電源コードを引き抜いた。見てはいけないものを見た気がする。遊星の非難の声に酷い頭痛を覚えた。
(まきこまれ・ジャックと遊星が↑の続き/13.7.12/『頭痛』『Web』『ランプ』shindanmaker.com/14509)




 毒々しい色の包みを取り上げる。かつてあんなに輝いていた鬼柳の目はぎょろりとしてぎらついていた。
 そりゃ確かに、ちょっと手ぇ出したことはあったけどさ、それは本当にキャンディだって。
 重ねるほど薄くなる鬼柳の言葉に、包みをぐっと握る。これはきっとよくないものだ。何故か涙が出てきた。
(うそつき・遊星と鬼柳/13.7.23/『キャンディ』『予測』『狼少年』shindanmaker.com/14509)




 擦り傷だらけ泥だらけで帰還した鬼柳にジャックは閉口した。ひとまずタオルを濡らして顔を拭いてやれば、痛い沁みると抵抗する。
「年甲斐のない真似をするからだ」
「だってあのCD」
 言い訳を始める口はタオルで塞いだ。こいつが自分たちの中で一番の年長でリーダーなのだ。未だに信じられない。
(ねんちょうさん・ジャックと鬼柳/13.7.27/『年齢』『布地』『絆創膏』shindanmaker.com/14509)




 食欲をそそる匂いがあちこちで漂っている。夜に賑わう闇市、居並ぶ屋台の合間を、鬼柳は跳ねるように進んでいた。時々自分の爪先に突っ掛かりながら。
「俺、サテライトは好きじゃねーけど、この景色は好きだぜ」
 後ろ暗さを鬼柳はわらう。後に続く遊星は曖昧に頷いた。鬼柳からは酒の匂いがした。
(めいてい・遊→京/13.7.31/『屋台』『景色』『スキップ』shindanmaker.com/14509)




ダークシグナー・不満足



 ぼんやりと闇に浮かぶ人影。顔は見えない。闇にも鮮やかな緑の黒髪と、怪しく光る紫炎だけは見て取れた。
「別れの時間だ」
 闇色が告げる。鬼柳は答える。
「死ぬのか」
 主語がないのは判じかねたから。死ぬのは闇色か、それとも鬼柳か。
「もう死んでる」
 皮肉げに笑って紫炎はゆらり、消えた。
(さようなら・鬼柳とアイドラ/13.7.22/『時計』『緑』『擬人化』shindanmaker.com/14509)




 股の内側を滑る指は冷たい。反して熱が燻る、その倦怠に目を閉じた時、脱ぎ捨てたコートのポケットで端末が震えた。着信相手は分かっている。そちらへ手を伸ばしかければ、指が滑っていたはずの場所に黒く、もっと冷たいものが触れた。銃口。
 ああ、お前の相手が先だよな。笑って骸の体に手を伸ばす。
(じぼうじき・デスガンマン×鬼柳←遊星/13.7.28/『擬人化』『内股』『通信』shindanmaker.com/14509)




満足町



 簡単に会える距離ではないから、必然的に連絡は電話となる。遊星の勧めに従って、鬼柳は映像でやり取りできるタイプの端末を買った。始めのうちは時間を決めて下らない話で長電話をしていた。けれど。
 鬼柳は時計を眺める。疎遠になったコールの代わりに、手にしたせんべいがバキリと硬く鳴った。
(ならない・遊京/13.7.7/『通信』『連絡』『せんべい』shindanmaker.com/14509)




 がたん。ごとん。
 どこか柔らかい鋼の音。合わせて重なる銀の髪しゃなり。
「どこに行く?」
 諦観を溶かす弾んだ声。紡ぐ唇は弧を描く。
「どこへでも」
 行き先に悩む時間はいくらでも。忙殺だけの世界は置いてきた。
 がたん。ごとん。
 車輪の音と長閑と、恋人だけが宛てのない旅の連れ合いだ。
(かけおち・遊京/13.7.8(9)/『列車』『ゆとり』『速度』shindanmaker.com/14509)




 あっちぃなあ。窓を全開にして、堅苦しいシャツのボタンも二個ほど外す。ニコに貰った飴を口に放り込んでしばし休憩。ぶち壊すように突然扉が開かれた。
「先生、きましたよ」
 白い角柱を抱えたラモンだ。いや、角柱ではない。
「アンタの名刺」
 町長、と打たれたそれ。ぐったりと鬼柳は項垂れた。
(かたがき・鬼柳とラモン/13.7.10/『ボタン』『名刺』『キャンディ』shindanmaker.com/14509)




 べたべたと指先に絡まるシロップをねぶり取る。パイの欠片を舌先で掬えば、ん、と妙な声と、ついでに唾液が口の端から零れた。
『鬼柳』
 液晶の向こうで遊星が額を押さえて呻く。
『勘弁してくれ』
「だったら早く会いに来い」
 存分に呻いて欲しい、品のない真似でわざわざ誘っているのだから。
(おさそい・遊京/13.7.19/『タルト』『液晶』『連絡』shindanmaker.com/14509)




 お疲れ様でーす、軽い声と共に置かれたカップには黒い液体。顔を上げれば涼しげに自分のコーヒーを啜る上司、モドキがいる。
「誰の仕事だと思ってるんですか」
「俺、教育受けてないし」
 決算のまとめとか分かんないからお前の仕事。頼りにしてるぜ、と付け足すのは分かってやっているのだろうか。
(かたうで・ラモ→京/13.7.26/『まとめ』『支え』『コーヒー』shindanmaker.com/14509)




 ひいひいと情けない声に、小刻みにまな板を叩く包丁の音が被さる。
「ラモン、無理、助けて」
「知りませんよ。アンタが内容も見ずに割り振った仕事でしょう」
 自宅に書類を持ち帰ろうがダイニングテーブルの上でごねようが自業自得だ。手伝う気はないので、もう夜食ができますよとだけ声をかけた。
(あしすと・ラモ京/13.7.30/『残業』『無作為』『包丁』shindanmaker.com/14509)




鬼柳以外



 目の前に並ぶのは、カラフルなお弁当箱、キラキラ光る化粧品一式。そして絆創膏の箱。随分と中身の減った絆創膏以外は新品だ。
(もう時間がないわ)
 傷だらけの指を見下ろす。決戦の日、遊星の誕生日までは後三日しかない。可愛く着飾って、手作りのお弁当をプレゼントする。アキはそう決めている。
(けっせんまえ・アキ→遊星/13.7.4/『好き』『絆創膏』『化粧品』shindanmaker.com/14509)




無手札の鬼神



 水の中で沈んでいく夢を見た。上に行かなければならないのだが、俺は水底を目指して泳いだ。きれいな金の光が見えたからだ。辿り着いた先で手を伸ばせば、掴んだのはジャックの手だった。ほっとして微笑んで、そこで最後の酸素がこぼれた。ごぼりと気泡だけが上っていった。
(みなそこ・VJジャ京/13.6.29)




 総括すると、ジャックと添い遂げるには国外に出るべきということではないだろうか。オランダとか。D・ホイールとカードさえあれば、言葉なんか通じなくてもやっていける。そう告げるとジャックは、書類上の婚姻に何の意味がある、と冷笑した。確かにお前だけいれば満足できるのだから無意味ではある。
(しょうらい・VJジャ京/13.7.2/『国』『アブノーマル』『まとめ』shindanmaker.com/14509)




 かち、かち。時の刻まれる音。時折混じる音は、ほう、という吐息。今のジャックの世界には音しかない。視界は閉ざされ手足も柔らかく拘束されている。
「……楽しいか」
 問えば即座に「ああ」という応え。そして楽しそうに「ジャックもだろう?」と続く。楽しくはない。甘んじてやっているだけだ。
(こうそく・VJジャ京/13.7.13/『時計』『布地』『手足』shindanmaker.com/14509)




 鬼柳は耳を疑った。だがジャックは揺るぎなく、真剣だった。混乱の末、鬼柳は王者の手を取り自らの胸に触れさせた。
「何の真似だ」
 俺は男だ。伝えればジャックは知っていると頷いた。男でもいいのだろうか。
 カメラの向こうでレクスだけがよくありませんと叫ぶが勿論届きはしないのである。
((ふ)せいりつ・VJジャ京とレクス/13.7.14/『ライブ』『乳』『アブノーマル』shindanmaker.com/14509)




 純白のコートに包まれた背が、すらりと伸びて前をゆく。大人しく俺はついていくのだが、歩く度に振れるジャックの手が俺を誘っているように見えてしまう。
 触れてもいいのだろうか。家の中ではとうに許された行為だが、こんな公道で手を繋げと?
 誰か教えてくれないか、後一押しだけ確信が欲しい。
(きたい・VJジャ京/13.7.15/『募集中』『露天』『勇気』shindanmaker.com/14509)




 脇目も振らずベッドに倒れ込む。日曜の倦怠な夕陽が眩しく目を閉じる。
 酷く疲れた。ここまでずっと独りで走ってきたのだ。全ては彼との決闘をやり直すため。そのために。
 懐からカードを取り出す。決闘竜、このカードが全ての鍵と知ったのは随分と前。ようやくだ。もうすぐお前のところへ、俺は。
(あわせふだ・VJジャ京/13.7.16/『情報』『ぬくもり』『日曜日』shindanmaker.com/14509)




 どうすることもできずにただ名前を呼んだ。じゃっく、と、舌がもつれる。怯えているように聞こえなければいい。
「鬼柳よ」
 恭順を強いる王者の声。顔を上げる。目を差す色は艶を増して警戒色。心臓が跳ねる。
「覚悟はできているな」
 代償と、引き換えに得られるもの。唾を飲んで頷いた。
(あらーと・VJジャ京/13.7.17/『リスク』『黄』『ライブ』shindanmaker.com/14509)




 桜並木を駆け抜け、涼を求めて木陰に座り、高空の下トンボを追い、年の終いに雪を仰ぐ。取り留めもなく四季の移ろいを挙げる。
 聞き手のジャックはにべもない。それがどうした。
「俺とお前が普通の幼馴染だったら、そんな一年を何度も送ったのかな」
「今から送ればよかろう」
 返答は簡潔だった。
(しきそうそう・VJジャ京/13.7.21/『無作為』『桜並木』『トンボ』shindanmaker.com/14509)




 手中には紙切れが一枚。何かの企画で席を共にした女に押し付けられたものだ。下らん仕事は断れと義父には伝えているが、たまにこんなことがある。
 肉付きの薄い、緩やかな銀の髪の女だった。誰ぞを彷彿とさせたが、あいつならきっとあんな趣味の悪い柄の服は着ない。鼻を鳴らして紙切れを破り捨てた。
(くらべる・VJジャ→京/13.7.24/『模様』『名刺』『モデル』shindanmaker.com/14509)




 薄汚れて裏路地で生きる姿が自分みたいで気になるんだ。鬼柳は痩せた猫へと向かっていった。以降ひたすら猫の耳を裏返して楽しんでいる。いい加減にしろと一喝しかけるのと同時、鬼柳は傍を通り抜けようとした真っ白く立派な体躯の猫を捕らえた。何が自分みたいにで気になる、だ。もう一度言ってみろ。
(こねこねこねここのねここねこ・VJジャ京/13.7.29(30)/『猫』『アブノーマル』『無差別』shindanmaker.com/14509)




パラレル



 学生だから当然なのだが、そこでも彼は気を揉むらしい。更衣室で服を脱ごうとしたまさにその瞬間、携帯電話が震えた。メールが一件、送信者は勿論彼。本文には準備体操を怠るなとただ一文。
 言葉の裏を鬼柳は知っている。それでもお互い言い出せない。まだ過去の事はかさぶたのように残っている。
(かさぶた・VJジャ京(学パロ)/13.7.18/『プール』『かさぶた』『マナーモード』shindanmaker.com/14509)




「遊星、なんだアレ?」
 遊星は顔を引き攣らせた。青白い指が示すものを認識すると同時、棚から殺虫剤を引っ掴み一気に噴射する。節足動物の死亡を確認してようやくキョースケを振り向く。
「知らないのか」
「初めて見た」
 本当にキョースケはどんな生活をしていたのだろう。謎は深まるばかりだ。
(ものしらず・遊星とキョースケ(現パロ)/13.7.20/『ムカデ』『記憶』『ゆとり』shindanmaker.com/14509)




 朝日が昇った頃合いだった。優しく名前を呼ばれて鬼柳は目を開く。夜中ずっと起きていたのだが寝たふりをするのが癖になっていた。寝起きを装って遅かったんだなと微笑めば、遊星は待たせてすまない、朝食を用意しようと答えた。その襟元の、小指で引っ張ったような紅色には今日も見ないふりをする。
(あかくのこる・遊京(同棲)/13.7.25/『赤』『虹』『ご飯』shindanmaker.com/14509)





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