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けものはつとめて
おはよう、カグラ。
空気を震わせる音ではない、直接響いてくるその声。カグラは目を見開いて艶やかな微笑を見上げる。
音もなく臭いもない零度の世界が、煌めいて散る結晶に巻かれて姿を変える。死に絶えた空気が色を孕む様が見えるようで、カグラは遂に飲み込み続けていたものを吐き出した。
「――ミ、カゲ」
途端にぶわりと噴出す噎せ返るほどの臭い。どういえばいいのか、強いていえば胸糞の悪い臭いと、久方ぶりに音をなした名前に酩酊する。引きずられ巻き込まれるままにくらり、片膝をつく。
臭いの元はといえば地の上を滑り、荒く息を吐くカグラの眼前で進みを止めた。
『寂しかった?』
見下ろしてくる影の中で薄い闇色が弧を描く。
吐かれた言葉の意味はまったく分からない。ただ腹が立つものだということはよく分かった。
鬱陶しく垂れ下がる髪を鷲掴みにして引けば重さなく傾いてくる上体。顔を見ると苛立って仕方がないのでそちらは決して正視しない。代わりに重苦しい襟元を鼻先で掻き分ける。
されるがままになっているミカゲは何もいわない。それが己の行動を笑ってのものだと気配で知れて、カグラはフンと鼻を鳴らした。
掻き分けた先で見つけた真白い首筋をべろりと舐め上げてやるが動じない。逆に酔いを誘う臭いが濃くなるばかりでゆるく頭を振る。自分の前髪に臭いが纏わりつくばかりで逆効果だと思い知ったのは衝動のままミカゲの肌に歯を立てた後だった。
しなやかな抵抗は一瞬。犬歯がぷちりと鳴れば舌先に乗る鉄の味。
乾いた唇にも僅かに沁みて、カグラは餓えた犬の体で裂いた皮膚を舐り上げる。
臭いと味は一層色を増して、薄めようと無意識に唾液が溢れる。
ミカゲの血と己の唾液が口の中で混じり合って、熱い。
「んっ……ふ、は……」
耳に届くのは鼻から抜ける声とじゅるじゅると生々しい水音だけ。
ミカゲはやはり何もいわなかった。舌先で傷を抉じ開けようと奥歯で肉を噛み締めようと、何も。
舌先から飲み下して、喉を鳴らしながら胃へ落ちていく熱が下肢にわだかまる頃になってようやく、ミカゲはカグラに手を伸ばした。おんなのように細い指が無駄に柔らかい手つきでカグラの後ろ髪を引く。
口に喉に胃袋に腰に渦巻く熱と、噎せ返る臭いに酔うカグラは特に抗いもしない。つうと糸が引いて、肉色のそれが自分の唇とミカゲの赤く染まる首筋を繋ぐ。そのまま冷えていく様をぼんやりと眺めていた。
『綺麗だね』
頭の沸いた台詞は無視する。
カグラの眉間に寄った皺に気付いているのかいないのか、ミカゲは反対の手で弱々しい唾液の糸を断ち切った。指先に絡むそれをカグラの唇に押し付けて、紅を引くように滑らせる。
「相変わらずアタマおかしいな、テメーは」
『見たままを言っただけだよ』
指先に齧り付いてもミカゲに動じた様子はなかった。子どもの戯れを慈しむような視線は不快の一言に尽きるが、食い破るつもりはないのでがじがじと齧り続けるに留まる。口内に溜まったままの唾液に沈めればまた濃い臭いが広がった。
ミカゲが眠りについてどれだけの時間が経ったのか、数えることを止めて久しい。
ただ止まった時間の分を埋めたいと、カグラの本能が吠えていた。
腰にわだかまる熱がぞわぞわと這い上がり、こめかみに響いてざわつく。先ほどよりも粘る唾液を口の端から零しながら、カグラはミカゲを見定める。
「いいから……黙って食わせろ……」
ミカゲが宵闇を引いた唇を撓らせる。その唇が是も否も紡がないことを知りつつ、封じ込めるように今度はそちらに齧り付いた。
ミカゲの艶やかで冷たい髪を掻き混ぜて、身を乗り上げるように上体を押し付ければ楽に倒れこむ。 獲物を押さえ込む獣の体だが、むしろ誘い込まれているのは己ではないだろうか。その思考も瞬きの間に消え失せてそれにすら気付かない。
荒く息を吐きながらカグラは存分にミカゲの唇を貪った。血の味とはまた違う甘さ。言葉のためにすら開かれない唇を拓いている征服感。舌先が痺れて堪らない。ぞくぞくと尾てい骨を抜ける感覚に抗わずカグラは下肢を押し付ける。
「はっ……ミ、カゲぇ……!」
もっと寄越せなどと口にはしない。どうせミカゲは狂った台詞を吐くか気まぐれに触れてくるだけで役に立たないのだから。
己の下衣を寛げ、腰を浮かせて膝までずり下ろす。外気に触れた欲が一層を熱を孕むのを自覚しながらミカゲの下肢に手を伸ばし、邪魔くさい神官服を掻き分ける。何の反応も示さないミカゲ自身を手中で育て上げ、溢れる唾液を飲み下した。
やたら響く喉の音に、混ざる呼吸が耳に障る。下半身を丸出しにして勝手に乗っかって扱いて涎を垂らす自分はやはり相当イカレている。
服の隙間から差し込まれたミカゲの指がやわく乳首を擦り上げ、真っ先に快感を覚えるあたり救いようもない。しかも自分から胸を押し付けにいくなど。はっきりいって死にたい。
しかし臭いと色に狂っているカグラには、ミカゲを食い尽くす衝動に抗うすべもない。
ミカゲの爪先が尖る乳首を引っ掛けて、波打つ腹筋をつうと辿れば、応えるように背がしなる。指先は角度を増し濡れそぼるカグラの先端を掠め、からかうように離れていった。
思わず舌を打つ唇に離れた指先が下りてきて、苦い。舌先で押し返すが無理やり割り開いてきてまた唾液が滴る。
ミカゲの意図を察したカグラが睨みつけるが、眼前の白い顔は微笑のまま揺るぎもしない。
「テメェ……覚えてろよ……!」
ぼたぼたと落ちる唾液を右手で受け止める。
しとどに濡れる掌をゆっくりと己の尻のあわいに運び、僅かに息づくそこに塗りつけた。
「は……んっ、あ……」
爪先を埋めて奥へ捩じ込む。きつい肉の感触に眉根を寄せるが、未だ左手で掴んだままのミカゲが微かに跳ねたことに気付いて口元を緩めた。
このヒトとは違う生き物が浅ましい欲めいたものを見せる様に興奮する。
腰をずらしてべろりと舌を出す。ゆっくりと溢れる己の唾液がミカゲの先端に落ち、繋ぐ糸は薄闇にちらついて途切れた。
ミカゲから漂う臭いは一層濃く、ねとりと全身に絡みつくまでになっていた。息が詰まる錯覚に上がるばかりの呼吸。振り払うように唾液を絡めては後孔に指を突き入れて広げる。
指三本が僅かに動かせる程度の緩みを得たところで、カグラは大きく息を吐いた。重い腰を動かして、育て上げたミカゲの上へ乗り上げる。
この瞬間が肝だと思う。己の内に異物が入り込んでくる嫌悪と、奥の奥まで飲み込んで絞り尽くす歓喜。
思えばミカゲに食いつくのも直に触れ合うのも久方ぶりなのだ。
思考は瞬き程度、動きを止めたのも数えるほどの間もなかったはずだった。しかしカグラが見せた躊躇めいたその一瞬、
「ミカっ――ああああ!?」
戯れにしか触れてこないと思い込んでいた手が、カグラの腰を掴んで一息に突き入れた。
アタマが事を把握するより先に体が仰け反る。ミカゲと繋がった場所からぴんと筋が通ったように弓なりに、びりびりと駆け上がる官能は呼吸すら止める。
はいった、と感じたのはカグラが呼吸を取り戻した時で、同時に中で無遠慮に存在を主張するミカゲのモノを強く締め上げた。
『ん……』
「ひ、あ……ミカゲ、テメっ……ふうぅ……!」
『ふふ、やっぱり綺麗だね、カグラ……』
「るさ、あ、あっ……それ、すんな……!」
ぎっと睨みつけるが、視線の先には花が綻ぶような笑顔があった。一瞬毒気を抜かれ、またずるりとミカゲを飲み込む。まだ奥があったことに驚く間もなく、ミカゲが前後に腰を揺すりカグラは頭を振った。
思えばこいつは自分よりもずっと、この身体のことを知っているのだ。ミカゲが眠りに就く前の日々がばらばらと思い出されて、無意識にカグラは後孔を締め上げた。
「ふ……んあっ……ぐ、」
『カグラ』
「ふ、んくっ……!」
耐え切れずミカゲの上体に倒れこむ。やわらかな翅髪に鼻先を埋める。揺さぶられながら呼吸を繰り返し、せめて声だけは聞かせてやるまいと潜り込めば鼻先を掠める臭い。
濃くなり過ぎたミカゲの臭いの中で際立つ鉄臭さは、カグラが齧り付いて食い破った傷口からだった。未だ潤む傷口に再び噛み付いて嬌声を閉じ込める。それが間違いだった。
「んは、あっ……あ、やっ……!?」
舌先に血の味が濃く絡む。とうに混ざり切っていたはずの臭いに心臓が、ずくんずくんと疼くミカゲの熱にカグラ自身が、跳ねる。
じわりと先端から白濁混じりの液体が滲む様が見ずとも知れる。
逃げを許さないとばかりにミカゲが腰を進める。白い髪が揺れて、ミカゲの薄暮の瞳が間近に迫る。
熱を孕んだその色にミカゲが何をしようとしているのか知れて、カグラは腰を捩った。
『カグラ……』
「やめ、やめろ、ミカゲぇっ……!!」
ミカゲがカグラの頭を優しく抱え込む。微動だにしない艶やかな唇が耳元に寄せられる。
せめてもの抵抗に強く目を瞑るが、すうと空気を吸う音は視覚が閉ざされた分一層大きく聴こえた。
「達ってごらん、カグラ」
「――あ、」
鼓膜を叩くミカゲの『声』。
するりと身体の中に流れ込んできて、浮き上がるような感覚に犯される。
間の抜けた声が零れた瞬間に、ぴゅくりと自身の先端から溢れる。
後は飲み込まれるまにまに、止めようもなかった。
「あああああああああああ!!」
ミカゲが眠りに就いて以来わだかまっていた熱が白濁として霧散する。勢いよく飛び出したそれは長く後を引き、カグラはびくびくと身体を震わせた。
愛でるようにカグラの髪に触れてくるミカゲの手を頭を振って払う。
気づけばぜいぜいと肩で息をしながら、カグラはミカゲの胸に頭を預けていた。
僅かに鳴る水音にミカゲも達したことを知るが、いつの間に出されていたのか記憶にない。頭上から微かな笑い声が落ちてくるが、それが肉声を伴わないことに安堵する。直後その事実に苛立ちを覚え、盛大に舌を打った。
『もう素直な君は終わり?』
「黙れ……」
返した声は我ながら力なく掠れていた。振り払ってもしつこく触れてくるミカゲの手にうんざりして、どうにでもなれと目を閉じる。
正直、疲れきっていた。触れるのも言葉を交わすのも久方ぶりだというのに、ミカゲが目覚めて即性交に興じるなど本当にイカレている。しかし食いたくてたまらなかったのだから仕方がない。あんな臭いをさせているコイツが悪い。
未だ体内に収めたままだと気付くが引き抜くのも面倒くさく、何よりとにかく眠かった。
後はミカゲがどうにかするだろうと丸投げて、カグラは収まりのいい場所を探して身を捩る。
『寝てしまうのかい?』
「てめーほどは待たせねぇよ……疲れた」
『そう』
終始笑いを含んでいるのが気に食わないが、眠りに落ちる寸前に聞いた言葉は悪くない。
もう無音の夜を過ごすことはないのだ。カグラは長く吐いた息をそのまま寝息へと変え、ミカゲの体温に身を任せた。
『おやすみ、カグラ……』
空気を震わせる音ではない、直接響いてくるその声。カグラは目を見開いて艶やかな微笑を見上げる。
音もなく臭いもない零度の世界が、煌めいて散る結晶に巻かれて姿を変える。死に絶えた空気が色を孕む様が見えるようで、カグラは遂に飲み込み続けていたものを吐き出した。
「――ミ、カゲ」
途端にぶわりと噴出す噎せ返るほどの臭い。どういえばいいのか、強いていえば胸糞の悪い臭いと、久方ぶりに音をなした名前に酩酊する。引きずられ巻き込まれるままにくらり、片膝をつく。
臭いの元はといえば地の上を滑り、荒く息を吐くカグラの眼前で進みを止めた。
『寂しかった?』
見下ろしてくる影の中で薄い闇色が弧を描く。
吐かれた言葉の意味はまったく分からない。ただ腹が立つものだということはよく分かった。
鬱陶しく垂れ下がる髪を鷲掴みにして引けば重さなく傾いてくる上体。顔を見ると苛立って仕方がないのでそちらは決して正視しない。代わりに重苦しい襟元を鼻先で掻き分ける。
されるがままになっているミカゲは何もいわない。それが己の行動を笑ってのものだと気配で知れて、カグラはフンと鼻を鳴らした。
掻き分けた先で見つけた真白い首筋をべろりと舐め上げてやるが動じない。逆に酔いを誘う臭いが濃くなるばかりでゆるく頭を振る。自分の前髪に臭いが纏わりつくばかりで逆効果だと思い知ったのは衝動のままミカゲの肌に歯を立てた後だった。
しなやかな抵抗は一瞬。犬歯がぷちりと鳴れば舌先に乗る鉄の味。
乾いた唇にも僅かに沁みて、カグラは餓えた犬の体で裂いた皮膚を舐り上げる。
臭いと味は一層色を増して、薄めようと無意識に唾液が溢れる。
ミカゲの血と己の唾液が口の中で混じり合って、熱い。
「んっ……ふ、は……」
耳に届くのは鼻から抜ける声とじゅるじゅると生々しい水音だけ。
ミカゲはやはり何もいわなかった。舌先で傷を抉じ開けようと奥歯で肉を噛み締めようと、何も。
舌先から飲み下して、喉を鳴らしながら胃へ落ちていく熱が下肢にわだかまる頃になってようやく、ミカゲはカグラに手を伸ばした。おんなのように細い指が無駄に柔らかい手つきでカグラの後ろ髪を引く。
口に喉に胃袋に腰に渦巻く熱と、噎せ返る臭いに酔うカグラは特に抗いもしない。つうと糸が引いて、肉色のそれが自分の唇とミカゲの赤く染まる首筋を繋ぐ。そのまま冷えていく様をぼんやりと眺めていた。
『綺麗だね』
頭の沸いた台詞は無視する。
カグラの眉間に寄った皺に気付いているのかいないのか、ミカゲは反対の手で弱々しい唾液の糸を断ち切った。指先に絡むそれをカグラの唇に押し付けて、紅を引くように滑らせる。
「相変わらずアタマおかしいな、テメーは」
『見たままを言っただけだよ』
指先に齧り付いてもミカゲに動じた様子はなかった。子どもの戯れを慈しむような視線は不快の一言に尽きるが、食い破るつもりはないのでがじがじと齧り続けるに留まる。口内に溜まったままの唾液に沈めればまた濃い臭いが広がった。
ミカゲが眠りについてどれだけの時間が経ったのか、数えることを止めて久しい。
ただ止まった時間の分を埋めたいと、カグラの本能が吠えていた。
腰にわだかまる熱がぞわぞわと這い上がり、こめかみに響いてざわつく。先ほどよりも粘る唾液を口の端から零しながら、カグラはミカゲを見定める。
「いいから……黙って食わせろ……」
ミカゲが宵闇を引いた唇を撓らせる。その唇が是も否も紡がないことを知りつつ、封じ込めるように今度はそちらに齧り付いた。
ミカゲの艶やかで冷たい髪を掻き混ぜて、身を乗り上げるように上体を押し付ければ楽に倒れこむ。 獲物を押さえ込む獣の体だが、むしろ誘い込まれているのは己ではないだろうか。その思考も瞬きの間に消え失せてそれにすら気付かない。
荒く息を吐きながらカグラは存分にミカゲの唇を貪った。血の味とはまた違う甘さ。言葉のためにすら開かれない唇を拓いている征服感。舌先が痺れて堪らない。ぞくぞくと尾てい骨を抜ける感覚に抗わずカグラは下肢を押し付ける。
「はっ……ミ、カゲぇ……!」
もっと寄越せなどと口にはしない。どうせミカゲは狂った台詞を吐くか気まぐれに触れてくるだけで役に立たないのだから。
己の下衣を寛げ、腰を浮かせて膝までずり下ろす。外気に触れた欲が一層を熱を孕むのを自覚しながらミカゲの下肢に手を伸ばし、邪魔くさい神官服を掻き分ける。何の反応も示さないミカゲ自身を手中で育て上げ、溢れる唾液を飲み下した。
やたら響く喉の音に、混ざる呼吸が耳に障る。下半身を丸出しにして勝手に乗っかって扱いて涎を垂らす自分はやはり相当イカレている。
服の隙間から差し込まれたミカゲの指がやわく乳首を擦り上げ、真っ先に快感を覚えるあたり救いようもない。しかも自分から胸を押し付けにいくなど。はっきりいって死にたい。
しかし臭いと色に狂っているカグラには、ミカゲを食い尽くす衝動に抗うすべもない。
ミカゲの爪先が尖る乳首を引っ掛けて、波打つ腹筋をつうと辿れば、応えるように背がしなる。指先は角度を増し濡れそぼるカグラの先端を掠め、からかうように離れていった。
思わず舌を打つ唇に離れた指先が下りてきて、苦い。舌先で押し返すが無理やり割り開いてきてまた唾液が滴る。
ミカゲの意図を察したカグラが睨みつけるが、眼前の白い顔は微笑のまま揺るぎもしない。
「テメェ……覚えてろよ……!」
ぼたぼたと落ちる唾液を右手で受け止める。
しとどに濡れる掌をゆっくりと己の尻のあわいに運び、僅かに息づくそこに塗りつけた。
「は……んっ、あ……」
爪先を埋めて奥へ捩じ込む。きつい肉の感触に眉根を寄せるが、未だ左手で掴んだままのミカゲが微かに跳ねたことに気付いて口元を緩めた。
このヒトとは違う生き物が浅ましい欲めいたものを見せる様に興奮する。
腰をずらしてべろりと舌を出す。ゆっくりと溢れる己の唾液がミカゲの先端に落ち、繋ぐ糸は薄闇にちらついて途切れた。
ミカゲから漂う臭いは一層濃く、ねとりと全身に絡みつくまでになっていた。息が詰まる錯覚に上がるばかりの呼吸。振り払うように唾液を絡めては後孔に指を突き入れて広げる。
指三本が僅かに動かせる程度の緩みを得たところで、カグラは大きく息を吐いた。重い腰を動かして、育て上げたミカゲの上へ乗り上げる。
この瞬間が肝だと思う。己の内に異物が入り込んでくる嫌悪と、奥の奥まで飲み込んで絞り尽くす歓喜。
思えばミカゲに食いつくのも直に触れ合うのも久方ぶりなのだ。
思考は瞬き程度、動きを止めたのも数えるほどの間もなかったはずだった。しかしカグラが見せた躊躇めいたその一瞬、
「ミカっ――ああああ!?」
戯れにしか触れてこないと思い込んでいた手が、カグラの腰を掴んで一息に突き入れた。
アタマが事を把握するより先に体が仰け反る。ミカゲと繋がった場所からぴんと筋が通ったように弓なりに、びりびりと駆け上がる官能は呼吸すら止める。
はいった、と感じたのはカグラが呼吸を取り戻した時で、同時に中で無遠慮に存在を主張するミカゲのモノを強く締め上げた。
『ん……』
「ひ、あ……ミカゲ、テメっ……ふうぅ……!」
『ふふ、やっぱり綺麗だね、カグラ……』
「るさ、あ、あっ……それ、すんな……!」
ぎっと睨みつけるが、視線の先には花が綻ぶような笑顔があった。一瞬毒気を抜かれ、またずるりとミカゲを飲み込む。まだ奥があったことに驚く間もなく、ミカゲが前後に腰を揺すりカグラは頭を振った。
思えばこいつは自分よりもずっと、この身体のことを知っているのだ。ミカゲが眠りに就く前の日々がばらばらと思い出されて、無意識にカグラは後孔を締め上げた。
「ふ……んあっ……ぐ、」
『カグラ』
「ふ、んくっ……!」
耐え切れずミカゲの上体に倒れこむ。やわらかな翅髪に鼻先を埋める。揺さぶられながら呼吸を繰り返し、せめて声だけは聞かせてやるまいと潜り込めば鼻先を掠める臭い。
濃くなり過ぎたミカゲの臭いの中で際立つ鉄臭さは、カグラが齧り付いて食い破った傷口からだった。未だ潤む傷口に再び噛み付いて嬌声を閉じ込める。それが間違いだった。
「んは、あっ……あ、やっ……!?」
舌先に血の味が濃く絡む。とうに混ざり切っていたはずの臭いに心臓が、ずくんずくんと疼くミカゲの熱にカグラ自身が、跳ねる。
じわりと先端から白濁混じりの液体が滲む様が見ずとも知れる。
逃げを許さないとばかりにミカゲが腰を進める。白い髪が揺れて、ミカゲの薄暮の瞳が間近に迫る。
熱を孕んだその色にミカゲが何をしようとしているのか知れて、カグラは腰を捩った。
『カグラ……』
「やめ、やめろ、ミカゲぇっ……!!」
ミカゲがカグラの頭を優しく抱え込む。微動だにしない艶やかな唇が耳元に寄せられる。
せめてもの抵抗に強く目を瞑るが、すうと空気を吸う音は視覚が閉ざされた分一層大きく聴こえた。
「達ってごらん、カグラ」
「――あ、」
鼓膜を叩くミカゲの『声』。
するりと身体の中に流れ込んできて、浮き上がるような感覚に犯される。
間の抜けた声が零れた瞬間に、ぴゅくりと自身の先端から溢れる。
後は飲み込まれるまにまに、止めようもなかった。
「あああああああああああ!!」
ミカゲが眠りに就いて以来わだかまっていた熱が白濁として霧散する。勢いよく飛び出したそれは長く後を引き、カグラはびくびくと身体を震わせた。
愛でるようにカグラの髪に触れてくるミカゲの手を頭を振って払う。
気づけばぜいぜいと肩で息をしながら、カグラはミカゲの胸に頭を預けていた。
僅かに鳴る水音にミカゲも達したことを知るが、いつの間に出されていたのか記憶にない。頭上から微かな笑い声が落ちてくるが、それが肉声を伴わないことに安堵する。直後その事実に苛立ちを覚え、盛大に舌を打った。
『もう素直な君は終わり?』
「黙れ……」
返した声は我ながら力なく掠れていた。振り払ってもしつこく触れてくるミカゲの手にうんざりして、どうにでもなれと目を閉じる。
正直、疲れきっていた。触れるのも言葉を交わすのも久方ぶりだというのに、ミカゲが目覚めて即性交に興じるなど本当にイカレている。しかし食いたくてたまらなかったのだから仕方がない。あんな臭いをさせているコイツが悪い。
未だ体内に収めたままだと気付くが引き抜くのも面倒くさく、何よりとにかく眠かった。
後はミカゲがどうにかするだろうと丸投げて、カグラは収まりのいい場所を探して身を捩る。
『寝てしまうのかい?』
「てめーほどは待たせねぇよ……疲れた」
『そう』
終始笑いを含んでいるのが気に食わないが、眠りに落ちる寸前に聞いた言葉は悪くない。
もう無音の夜を過ごすことはないのだ。カグラは長く吐いた息をそのまま寝息へと変え、ミカゲの体温に身を任せた。
『おやすみ、カグラ……』
- 2012.02.03 x 2012.02.07 up
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