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俗・ぱんつのはなし
090313 (pachi:090313~110805)
「突然だがジン、男同士の話をしよう」
「なあに兄さん」
「違うぞ『やらないか』とかそんな話じゃねーからな。
だからその迷いなく股間部分のタイツを破こうとしている手を下ろしなさい。
つーか前いったじゃん、破く楽しみがなくなるっていったじゃん」
「あ、そっか……ちぇっ。じゃあ何の話なの?」
「お前は清純な白のパンツとアダルトな黒のパンツ、爽やかな縞々パンツだったらどれがいいと思う?
先に言っておくがお前が穿いて俺が脱がせるとかそんな前提はないぞ、普通に女子が穿くパンツの話だ」
「……女の子のパンツの話が『男同士の話』なの?」
「いかにも男兄弟らしい話題だろ」
「え、そうかな」
「ちなみにオプションは白のパンツならフリル、黒のパンツならレースまでだ。
白パンにバックプリントはさすがに俺が口にすると犯罪臭が漂うから今回はなしな。
縞パンはグリーン・ブルー系が好ましいがお前がどうしてもというならピンクも許可する。
あくまでパンツの話であることを忘れるなよ、
縞パンは女子高生で黒レースは熟女とかそんな固定概念はまた別の機会に話し合うから。
ああ、もちろん今の三つ以外でもいいぞ」
「聞いてないし……っていうか兄さんってノーパン好きなんじゃなかったっけ」
「今回は趣味の話だ。前回とは別ものです」
「うーん……じゃあ、花柄?」
「ほー。水玉ならともかく花柄ときたか、地味にマニアックだな」
「そうなの? 兄さんいつも花柄だから気がつかなかった」
「……おーい、ジン君? 俺ちゃんと『女の子のパンツ』っていったよね?」
「だって女の子なんて……兄さん以外の人のパンツになんて興奮しないんだもの」
「じゃあなにか、お前は女のパンツには何も感じないが俺の花柄トランクスには興奮するわけか」
「? そうだよ? ん……こんな話してるから今も勃」
「あーうんわかったもういいからもうなにもいわなくていいから。お兄ちゃんお前のことちゃんとわかってるから。
そうだよなお前真性だもんな真性って書いてガチって読むもんな。
お前とこんな話しようとしたお兄ちゃんが間違ってたわ、ゴメンな」
「ていうか僕がいうのもなんだけど、そもそもの話題に生産性がなさ過ぎるって気づいてね、兄さん」
「なあに兄さん」
「違うぞ『やらないか』とかそんな話じゃねーからな。
だからその迷いなく股間部分のタイツを破こうとしている手を下ろしなさい。
つーか前いったじゃん、破く楽しみがなくなるっていったじゃん」
「あ、そっか……ちぇっ。じゃあ何の話なの?」
「お前は清純な白のパンツとアダルトな黒のパンツ、爽やかな縞々パンツだったらどれがいいと思う?
先に言っておくがお前が穿いて俺が脱がせるとかそんな前提はないぞ、普通に女子が穿くパンツの話だ」
「……女の子のパンツの話が『男同士の話』なの?」
「いかにも男兄弟らしい話題だろ」
「え、そうかな」
「ちなみにオプションは白のパンツならフリル、黒のパンツならレースまでだ。
白パンにバックプリントはさすがに俺が口にすると犯罪臭が漂うから今回はなしな。
縞パンはグリーン・ブルー系が好ましいがお前がどうしてもというならピンクも許可する。
あくまでパンツの話であることを忘れるなよ、
縞パンは女子高生で黒レースは熟女とかそんな固定概念はまた別の機会に話し合うから。
ああ、もちろん今の三つ以外でもいいぞ」
「聞いてないし……っていうか兄さんってノーパン好きなんじゃなかったっけ」
「今回は趣味の話だ。前回とは別ものです」
「うーん……じゃあ、花柄?」
「ほー。水玉ならともかく花柄ときたか、地味にマニアックだな」
「そうなの? 兄さんいつも花柄だから気がつかなかった」
「……おーい、ジン君? 俺ちゃんと『女の子のパンツ』っていったよね?」
「だって女の子なんて……兄さん以外の人のパンツになんて興奮しないんだもの」
「じゃあなにか、お前は女のパンツには何も感じないが俺の花柄トランクスには興奮するわけか」
「? そうだよ? ん……こんな話してるから今も勃」
「あーうんわかったもういいからもうなにもいわなくていいから。お兄ちゃんお前のことちゃんとわかってるから。
そうだよなお前真性だもんな真性って書いてガチって読むもんな。
お前とこんな話しようとしたお兄ちゃんが間違ってたわ、ゴメンな」
「ていうか僕がいうのもなんだけど、そもそもの話題に生産性がなさ過ぎるって気づいてね、兄さん」
- 花柄ロマン
あたまのなかあったかめ兄弟シリーズ。ぱんつの柄はぶるらじより。
猫と鰹節
090715 (pachi:090715~110805)
「よう」
見覚えのありすぎる姿、しかし関わり合いにはなりたくない色の二人組を認める。と同時に踵を返すラグナ、その背に投げつけられる一声。
「無視して帰ったらこのままお前んち行ってジンのこと犯すからな」
「久しぶりだなー、何か用か?」
無理矢理笑みを貼りつけて歩み寄れば、“ラグナ”は大きく頷いた。こちらは心からの笑みを浮かべていて眩しい。のどかな午後の陽光照り返す金髪も相まって、尚更。
「顔、引きつってんぞ」
「お前と顔合わせるとロクなことになんねーからだよ! だいたい…」
ラグナの視線が横に滑る。胡乱げな目を向けられたのは黒猫。微かに笑みを浮かべながら小首を傾げた。瞬くように銀の耳が跳ね、ちかちかと陽に輝く。どことなく心和む光景にも見えるが、それそのものが異様であるという事実を見失うほどラグナは常識を失ってはいない。
「天下の公道でジンを連れて歩く神経が理解できん!」
「んー? 俺の可愛いジンを連れて出かけるのになんか問題あるか?」
首を捻りながら“ラグナ”は“ジン”の腰を抱き寄せる。本気で考えているのか茶化しているのか己の腕の中に収まる猫の手を取り足を取り。猫のほうはといえば喉を鳴らしながら触れてくる手に頬を摺り寄せている。
これだけでも通行人の視線が痛いというのに。ラグナの視線はもう一人の自分に誰憚ることなく甘える『ジン』を一瞬だけ捉える。一瞬だけだ、それ以上見つめてしまえば間違いなくヘルズあたりが飛んでくる。とにかく更に問題になるのがあの格好だ。
剥き出しの肩と二の腕に、丈の短い着物の裾から覗く素足。ゆらゆらと時に艶かしく揺らぐ尻尾は煽るように、晒された太腿に絡む。
ラグナは頭を抱えたい心持ちで、しかし腕に下げた買い物袋を揺らす程度に留めた。理解できんといいながら非難するに至らない理由もここにある。あまり余計な動きを見せれば「お前だって弟にこんな格好させて家の中に閉じ込めてんだろ」と返されること請け合いだ。というか、既に経験している。しかもあからさまに周囲に聞こえるような声量で。
「いや、いい。ところで何の用だ」
「ああ、」
笑顔で振り向くもう一人の自分。金色がきらりと陽光に輝いて、胡散臭さと爽やかさの相克が突き出してよこしてきたのは『ラグナ』の可愛い可愛い『ジン』だった。ぼすりと柔らかく黒猫はラグナの胸に押し込められる。
「預かっといてくれ」
「は?」
「俺ちょっと用事あっから。そいつ連れてけねーんだわ」
そいつ、と顎で示されればぴくぴくと獣の耳を揺らして、『ジン』がにこりと見上げてきた。
己の腕の中で可愛らしく微笑む猫は自分の猫ではなかったが、そのやわらかい笑顔に思わず頬が緩みそうになる――なった、ところですぐさま現実に戻る。ほぼ同時にぶんと空気が唸った。
「『俺』のことだから心配はないと思うが……」
鼻の先に肉厚の刃が突きつけられている。もしラグナが現実に戻ることなく微笑み返すような真似をしていれば、『ラグナ』は迷いなく顔面に一発叩き込んできていただろう。なけなしの、それでもまだ存在している理性と常識にラグナは心から感謝した。
甘えるように胸元に擦り寄ってくる温もりは可能な限り無視して、ラグナは剣呑な色を孕んだ目に吼えた。
「わーってる、なんもしねーよ! するわけねぇだろうが!」
「……ま、分かってるけどな」
すんと鼻を鳴らして“ラグナ”は剣を収める。眼前の凶器が退いたことに安堵していたラグナは気づかなかったが、『ラグナ』と『ジン』の視線が一瞬、ほんの一瞬、しかしこれ以上もなく楽しそうに歪んで絡んでいた。『ラグナ』はこのとき既に「分かって」いたのである。
しかし『ラグナ』の次なる注文に頷くばかりのラグナが気づく由もなかった。
「すぐに帰ってくっから、余計なエサもやるんじゃねーぞ」
「へーへー」
適当に相槌を打つラグナはやはり言外に隠されたものに気づかない。腕に下げられた買い物袋の中身を思い浮かべながら昼飯の算段を立てるばかりで、黒猫がぐるりと尻尾を丸める様は見逃していた。
『ラグナ』が一歩ラグナに踏み出す。ラグナは思わず身を逸らせるが、構わず『ラグナ』は己の懐を探り、取り出した何かをラグナの買い物袋に突っ込んだ。
「やるわ。お前のとこのジン嫉妬深いから。俺のジンに傷ひとつでも付けたら闇で食うからな」
「……あー」
じゃらり、次いでわずかながらも確実に腕にかかる重みにラグナはすぐさま袋の中身を確認する。
苦虫を噛み潰したような表情でラグナが納得し、『ラグナ』は笑って黒猫の頭を撫でた。猫は目を細め楽しそうに喉を鳴らす。白い自分と黒い猫の笑顔の理由などラグナに予測できるはずもなく、だからこそ二人は別れ際にこう言葉を交わした。
「じゃあな、ジン。『いい子』にしてろよ?」
「はぁい。兄さんも気をつけてね?」
「……ああ」
見覚えのありすぎる姿、しかし関わり合いにはなりたくない色の二人組を認める。と同時に踵を返すラグナ、その背に投げつけられる一声。
「無視して帰ったらこのままお前んち行ってジンのこと犯すからな」
「久しぶりだなー、何か用か?」
無理矢理笑みを貼りつけて歩み寄れば、“ラグナ”は大きく頷いた。こちらは心からの笑みを浮かべていて眩しい。のどかな午後の陽光照り返す金髪も相まって、尚更。
「顔、引きつってんぞ」
「お前と顔合わせるとロクなことになんねーからだよ! だいたい…」
ラグナの視線が横に滑る。胡乱げな目を向けられたのは黒猫。微かに笑みを浮かべながら小首を傾げた。瞬くように銀の耳が跳ね、ちかちかと陽に輝く。どことなく心和む光景にも見えるが、それそのものが異様であるという事実を見失うほどラグナは常識を失ってはいない。
「天下の公道でジンを連れて歩く神経が理解できん!」
「んー? 俺の可愛いジンを連れて出かけるのになんか問題あるか?」
首を捻りながら“ラグナ”は“ジン”の腰を抱き寄せる。本気で考えているのか茶化しているのか己の腕の中に収まる猫の手を取り足を取り。猫のほうはといえば喉を鳴らしながら触れてくる手に頬を摺り寄せている。
これだけでも通行人の視線が痛いというのに。ラグナの視線はもう一人の自分に誰憚ることなく甘える『ジン』を一瞬だけ捉える。一瞬だけだ、それ以上見つめてしまえば間違いなくヘルズあたりが飛んでくる。とにかく更に問題になるのがあの格好だ。
剥き出しの肩と二の腕に、丈の短い着物の裾から覗く素足。ゆらゆらと時に艶かしく揺らぐ尻尾は煽るように、晒された太腿に絡む。
ラグナは頭を抱えたい心持ちで、しかし腕に下げた買い物袋を揺らす程度に留めた。理解できんといいながら非難するに至らない理由もここにある。あまり余計な動きを見せれば「お前だって弟にこんな格好させて家の中に閉じ込めてんだろ」と返されること請け合いだ。というか、既に経験している。しかもあからさまに周囲に聞こえるような声量で。
「いや、いい。ところで何の用だ」
「ああ、」
笑顔で振り向くもう一人の自分。金色がきらりと陽光に輝いて、胡散臭さと爽やかさの相克が突き出してよこしてきたのは『ラグナ』の可愛い可愛い『ジン』だった。ぼすりと柔らかく黒猫はラグナの胸に押し込められる。
「預かっといてくれ」
「は?」
「俺ちょっと用事あっから。そいつ連れてけねーんだわ」
そいつ、と顎で示されればぴくぴくと獣の耳を揺らして、『ジン』がにこりと見上げてきた。
己の腕の中で可愛らしく微笑む猫は自分の猫ではなかったが、そのやわらかい笑顔に思わず頬が緩みそうになる――なった、ところですぐさま現実に戻る。ほぼ同時にぶんと空気が唸った。
「『俺』のことだから心配はないと思うが……」
鼻の先に肉厚の刃が突きつけられている。もしラグナが現実に戻ることなく微笑み返すような真似をしていれば、『ラグナ』は迷いなく顔面に一発叩き込んできていただろう。なけなしの、それでもまだ存在している理性と常識にラグナは心から感謝した。
甘えるように胸元に擦り寄ってくる温もりは可能な限り無視して、ラグナは剣呑な色を孕んだ目に吼えた。
「わーってる、なんもしねーよ! するわけねぇだろうが!」
「……ま、分かってるけどな」
すんと鼻を鳴らして“ラグナ”は剣を収める。眼前の凶器が退いたことに安堵していたラグナは気づかなかったが、『ラグナ』と『ジン』の視線が一瞬、ほんの一瞬、しかしこれ以上もなく楽しそうに歪んで絡んでいた。『ラグナ』はこのとき既に「分かって」いたのである。
しかし『ラグナ』の次なる注文に頷くばかりのラグナが気づく由もなかった。
「すぐに帰ってくっから、余計なエサもやるんじゃねーぞ」
「へーへー」
適当に相槌を打つラグナはやはり言外に隠されたものに気づかない。腕に下げられた買い物袋の中身を思い浮かべながら昼飯の算段を立てるばかりで、黒猫がぐるりと尻尾を丸める様は見逃していた。
『ラグナ』が一歩ラグナに踏み出す。ラグナは思わず身を逸らせるが、構わず『ラグナ』は己の懐を探り、取り出した何かをラグナの買い物袋に突っ込んだ。
「やるわ。お前のとこのジン嫉妬深いから。俺のジンに傷ひとつでも付けたら闇で食うからな」
「……あー」
じゃらり、次いでわずかながらも確実に腕にかかる重みにラグナはすぐさま袋の中身を確認する。
苦虫を噛み潰したような表情でラグナが納得し、『ラグナ』は笑って黒猫の頭を撫でた。猫は目を細め楽しそうに喉を鳴らす。白い自分と黒い猫の笑顔の理由などラグナに予測できるはずもなく、だからこそ二人は別れ際にこう言葉を交わした。
「じゃあな、ジン。『いい子』にしてろよ?」
「はぁい。兄さんも気をつけてね?」
「……ああ」
- そして惨劇へ…
『猫に鰹節』前段階。白いお兄ちゃんはスコアタに行きました。
こおてつのはな
140304 (140303)
ゆるやかに腕を伸ばす枯れ枝に、小さな淡紅の花が咲く。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。ぱきぱきと心地良い音を奏でて蕾が綻び、死んだ樹木を色づける。
「――桃の節句、というらしいけど」
うつくしい花の景色に、きんと冴えて一閃。枝がひとふりほろりと折れて、淡い花弁がきらめきながら舞い落ちる。地に落ちて汚泥に汚れる寸でのところで、白い手袋に包まれた手が伸びた。細い指に枝を挟んで、魔素に濁った青空に透かして見上げる。澄んで青を照り返す花はとろりと蜜を滴らせていた。
きらきらとした光を含んで一滴が落ちる。その水は薄く赤く、白い頬で弾けて雨だれのように紅を引いた。
しなやかな指は無造作に枝を投げ捨て、指先で赤い水を掬う。芽吹く若葉の瞳がうっとりと細められ、それからうつくしく微笑んで振り返った。
「なかなか粋だと思わない? ねえ、兄さん」
ことりと小首を傾げると同時に、春風がぶわりと強く吹きつけた。
目を灼く金の髪がさらりと滑る。
桃の花に似た血をまぶした樹氷が、ぱきぱき、ぱきぱきと啼いて散る。
ぱきぱき、ぴしりと世界が罅割れる。咆哮する。振り被る腕の纏う闇が淡紅も舞い散る氷片も巻き込んで、ひそやかに微笑む弟を掻き消す。全てを飲み尽くす一刹那、寸前、濁った春空に青い羽織りが舞った。それから気違い染みた高い声が空を割る。
「あっ……はははははははは!! いいね兄さん、最高だよ!! まるでそうやって、女の肚を裂いて、産まれたみたいじゃないか!!」
「っるせぇ!! 気味悪いこと言ってんじゃねぇぞ!!」
空振った刃を大きく振れば、溶けて砕けた氷が滴って纏わりつく。氷塊に閉じ込められていた時間はどれほどだったのか、少なくとも弟のぶっ飛んだ演出と演説を聞き届ける程度には長かった。
ちっと舌を打って刃の先に弟を捉える。頭のおかしい弟は花を愛でるように空を見上げていた。ラグナの血を孕んで霧散する氷の欠片をじいっと見つめている。それからゆらりとラグナを流し見て、手中の刀を弄ぶ。
「そう、そうだね、兄さん。誕生日おめでとう。僕の兄さんとして生まれてきてくれてありがとう。本当に感謝してる」
「おう、ありがとよ。誕生日プレゼントに死んでくれジン」
「それは……ダメかなあ。だって僕が死んだら、兄さんにあげられないじゃない?」
穏やかな春の空気が、静かにしんと冷えていく。ちりちりと頬を焦がす冷気に目を細め、柄を握る手に力を込める。手元でわだかまる闇がざわりと揺らいだ。
「ねえ、兄さん。誕生日が命日って、なかなかロマンチックだと思わない?」
「ロマンなんざ食えねえモンいらねーよ。どっちかというとマロンだ、マロンにしろ。食い物のほうがまだマシだ」
「……こういうの、花より団子って言うんだっけ?」
きぃんと刃鳴りが響く。苦笑して構える弟の足元で、大輪の花が咲くように氷塊が輪を描いた。
「いいよ兄さん。次はそうする。次があれば――だけど、ね!!」
ジンの声が跳ね上がると同時に、氷の刃先が打ち出される。構えた刃で打ち払う。同時に地を蹴ったジンは既に目の前に迫っていて、零度の刃がラグナの鼻先に落ちてくる。飛び退って一閃、獣のかたちをした闇が氷を砕く。ばらばらと舞い散る氷片が花のように降り注いで、ラグナは鼻を鳴らして笑った。
誕生日なんてクソ食らえだ。ケチの付き始めは弟が生まれたその日から、いや、やはりラグナ自身がこの世に生まれた、その瞬間から始まっていたのだろうけれど。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。ぱきぱきと心地良い音を奏でて蕾が綻び、死んだ樹木を色づける。
「――桃の節句、というらしいけど」
うつくしい花の景色に、きんと冴えて一閃。枝がひとふりほろりと折れて、淡い花弁がきらめきながら舞い落ちる。地に落ちて汚泥に汚れる寸でのところで、白い手袋に包まれた手が伸びた。細い指に枝を挟んで、魔素に濁った青空に透かして見上げる。澄んで青を照り返す花はとろりと蜜を滴らせていた。
きらきらとした光を含んで一滴が落ちる。その水は薄く赤く、白い頬で弾けて雨だれのように紅を引いた。
しなやかな指は無造作に枝を投げ捨て、指先で赤い水を掬う。芽吹く若葉の瞳がうっとりと細められ、それからうつくしく微笑んで振り返った。
「なかなか粋だと思わない? ねえ、兄さん」
ことりと小首を傾げると同時に、春風がぶわりと強く吹きつけた。
目を灼く金の髪がさらりと滑る。
桃の花に似た血をまぶした樹氷が、ぱきぱき、ぱきぱきと啼いて散る。
ぱきぱき、ぴしりと世界が罅割れる。咆哮する。振り被る腕の纏う闇が淡紅も舞い散る氷片も巻き込んで、ひそやかに微笑む弟を掻き消す。全てを飲み尽くす一刹那、寸前、濁った春空に青い羽織りが舞った。それから気違い染みた高い声が空を割る。
「あっ……はははははははは!! いいね兄さん、最高だよ!! まるでそうやって、女の肚を裂いて、産まれたみたいじゃないか!!」
「っるせぇ!! 気味悪いこと言ってんじゃねぇぞ!!」
空振った刃を大きく振れば、溶けて砕けた氷が滴って纏わりつく。氷塊に閉じ込められていた時間はどれほどだったのか、少なくとも弟のぶっ飛んだ演出と演説を聞き届ける程度には長かった。
ちっと舌を打って刃の先に弟を捉える。頭のおかしい弟は花を愛でるように空を見上げていた。ラグナの血を孕んで霧散する氷の欠片をじいっと見つめている。それからゆらりとラグナを流し見て、手中の刀を弄ぶ。
「そう、そうだね、兄さん。誕生日おめでとう。僕の兄さんとして生まれてきてくれてありがとう。本当に感謝してる」
「おう、ありがとよ。誕生日プレゼントに死んでくれジン」
「それは……ダメかなあ。だって僕が死んだら、兄さんにあげられないじゃない?」
穏やかな春の空気が、静かにしんと冷えていく。ちりちりと頬を焦がす冷気に目を細め、柄を握る手に力を込める。手元でわだかまる闇がざわりと揺らいだ。
「ねえ、兄さん。誕生日が命日って、なかなかロマンチックだと思わない?」
「ロマンなんざ食えねえモンいらねーよ。どっちかというとマロンだ、マロンにしろ。食い物のほうがまだマシだ」
「……こういうの、花より団子って言うんだっけ?」
きぃんと刃鳴りが響く。苦笑して構える弟の足元で、大輪の花が咲くように氷塊が輪を描いた。
「いいよ兄さん。次はそうする。次があれば――だけど、ね!!」
ジンの声が跳ね上がると同時に、氷の刃先が打ち出される。構えた刃で打ち払う。同時に地を蹴ったジンは既に目の前に迫っていて、零度の刃がラグナの鼻先に落ちてくる。飛び退って一閃、獣のかたちをした闇が氷を砕く。ばらばらと舞い散る氷片が花のように降り注いで、ラグナは鼻を鳴らして笑った。
誕生日なんてクソ食らえだ。ケチの付き始めは弟が生まれたその日から、いや、やはりラグナ自身がこの世に生まれた、その瞬間から始まっていたのだろうけれど。
- お誕生日おめでとう
- 2013/01/19 x 2014/03/04
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