満足同盟
風邪を引くと心細くなって、眠ってしまうまででいいから手を握ってほしい、とか、ついつい気弱な言葉をこぼしてしまうものなのだ。しかしこれはどうだろう。
「おい、手だけか」
鼻声で鬼柳が呻く。布団から覗く顔は真っ赤で、目は潤みつつ据わっている。他に何を握れというのか。
(ねつぼうそう・クロウと鬼柳/13.11.7(10)/『風邪』『手足』『変態』shindanmaker.com/14509)
みかんの缶詰、桃のゼリー、賽の目に刻まれた杏仁豆腐、小さなチョコケーキ。
潤む瞳で一瞥して、鬼柳は小さく咳を一つ。掠れ気味の声で告げてやる。
「楽しいパーティーじゃねぇんだぞ」
「え、栄養はつくだろう!」
本当にこの男は。鬼柳は赤い顔で笑って、また咳き込んだ。
(ぶきようちゃん・鬼柳とジャック/13.11.10/『風邪』『すごろく』『チョコケーキ』shindanmaker.com/14509)
居並ぶ屋台の影に細い少年が見え隠れしている。栄養の足りていない指先でシャツに手をかけ、ボタンを外す。肥えた男がそれを見ている。クロウは目を背けて舌を打った。
「クロウはダメか、ああいうの」
並んで歩いていた鬼柳が呟いた。頷けば、そっか、と何故か寂しげに返された。
(ゆめのおわり・クロウと鬼柳/13.11.3/『ボタン』『白昼夢』『屋台』shindanmaker.com/14509)
工場跡、鉄骨と鉄骨の隙間。野晒しの小さな骸に拾ったビニールシートを被せてやる。もっと早く見つけてあげられたら。深く頭を垂れる。唇を噛み締める。
「優しいな、クロウは」
鬼柳が肩を抱き寄せてくるが振り払う気力もない。優しい囁きがクロウの耳を掠める。
「でも、傲慢だ」
(だれもすくえない・クロウと鬼柳/13.11.23(25)/『露天』『鉄棒』『鉄棒』shindanmaker.com/14509)
鼻歌。機嫌がいいのか音量は大きめで時折音を外す。無意識でやっているのかと思いきや唐突にくるりと振り向いた。なあ、この曲知ってるか。曲名を即答すれば満面の笑み。ジャックは知ってると思った。遊星の修理したCDラジカセから流れる歌より、この男の鼻歌のほうがずっといい。
(おなじちょうしはずれなら・ジャックと鬼柳/13.11.25/『ゲーム』『CD』『耳』shindanmaker.com/14509)
例えば耳がいい。例えば味覚が冴えている。
一般的には利点でもサテライトではそうはいかない。鋭く鈍い感覚でなければ、このサテライトでは生き残れない。
そういう意味ではこの男は天才的な感覚をしている。ジャックはぐるぐると忙しなく動く、鬼柳の黄色い眼球を窺い学んでいる。
(みあげてふみだい・ジャックと鬼柳/13.11.26/『黄』『味覚』『耳』shindanmaker.com/14509)
女もダメ、酒もダメ、薬もダメ、ついでにいうと男でもダメ。およそ気を紛らわす手段と思しきものに手を染めてみたが、鬼柳の渇きも疼きも一向に満たされない。
「なァ、ゆぅせぇ」
白い塊を摘み上げながら語りかける。メカニックからの返事はない。ああ、早く、早くカードがしたい。
(ひとりぼっち・鬼柳/13.11.14(21)/『未対応』『無作為』『錠剤』shindanmaker.com/14509)
抜けるような青空に綿のような白い雲が浮かぶ。藻やガラクタが浮く濁った海に足を浸して鬼柳が笑っている。ここの魚って食えんのかな、なあ。太陽よりも眩しい笑顔が振り返り――遊星ははっと目を開いた。
夢だ。鬼柳はもう、死んでしまったのだ。あの冷たく鈍色の檻の中で、ひとり。
(むそう・遊→京/13.11.12(20)/『白昼夢』『青』『入道雲』shindanmaker.com/14509)
ダークシグナー・不満足
ひやりとする。
浅黒く筋張った、血の通わない股の内側に吸い付いて眉根を寄せる。
けれど冷えた唇は上弦を描く。やめろと呆れ果てた声が降ってきたが鬼柳にやめるつもりなどなく、痕の残らないそこに恭しく頭を垂れた。お互い腕に神を飼っている。呪いがひとつ増えたとて構うまい。
(呪いのようにいきて祝いのようにしのう・ルド京/13.11.2/『アイコン』『ドーピング』『内股』shindanmaker.com/14509)
日が沈んで宵の星が昇る空の下、少女は忍び寄る闇に怯えながら家路を急ぐ。あれはクロウのところのガキだなァ、なんて思いながら傍観する。少女は自分の背後に近づく、闇よりも恐ろしいものになど気づかない。鬼柳はクッと笑って影から躍り出た。もっと悪臭のする群れが足を止める。
(いいわけ・京→クロ/13.11.8(10)/『金星』『内股』『群れ』shindanmaker.com/14509)
猫は魚を食べども足を濡らさず、と言うらしいわ。
緑の縁取りを揺らして女が囁く。殴られたばかりの頭を擦りながら、鬼柳はあァ?と不機嫌に返す。
「欲しいものがあるのに努力を厭うこと」
「俺はドリョクしてんだけどよ」
女は艶やかに笑う。貴方じゃないわ、あの人のことよ。
(てれかくし・ルド→←京とミスティ/13.11.15(22)/『緑』『英語』『猫』shindanmaker.com/14509)
小さな箱を抱えてモノレールに乗り込む。シートに座り指の絆創膏は剥ぎ取った。死体なのに傷ができる、というのも不思議だ。目深に被った帽子のつばに隠れて女は微笑む。
今日のケーキは手作りなのだけれど、死体の彼は気づいてくれるかしら。真夜中のお茶会を楽しみに、目を閉じる。
(いのちみじかしこいせよ・京←ミス/13.11.29(30)/『絆創膏』『列車』『タルト』shindanmaker.com/14509)
見つめる。男は居心地悪そうに身じろいて、何ですか先生ェ、と零す。先生。鬼柳はこの男にそう呼ばれている。鬼柳が今、カードを捲る亡霊である、という記号。この男に連れられて臨む、赤い夕陽に濡れたフィールドも同じだ。他には何も要らない。今の鬼柳はそういうものであればいい。
(りゃくしききごう・鬼柳/13.11.6(9)/『アイコン』『景色』『男』shindanmaker.com/14509)
例えばよくない薬をキャンディと暗喩してみたり、鉄の棒を引きずりながら背後から忍び寄ってみたり、一滴の酒も残らないガラス瓶を振り下ろされてみたり。あんな生活に比べるとカードの勝敗で生死が決まるこの街はなかなかに健全だ。何気なくそう零したら、雇い主は曖昧な顔で笑った。
(じごくくらべ・鬼柳とラモン/13.11.17(22)/『キャンディ』『記憶』『鉄棒』shindanmaker.com/14509)
満足町
酒の席での鬼柳の「結婚を前提にした恋人募集中」発言に遊星が見事合格し、一夜明け二夜明け、朝と夜を繰り返したわけだが、鬼柳も遊星も付き合いを続けている。一日の終わりには必ず連絡を取って液晶越しにキスを交わすぐらいの誠実さだ。現実に唇を交えたことはまだないのだけれど。
(しゅくしゅくとしてせいじつ・遊京/13.11.1(2)/『募集中』『合格』『液晶』shindanmaker.com/14509)
モノレールの交差を見下ろして、だらしなく着こなしたワイシャツの袖で目を擦る。ビルの隙間を抜ける風に目が乾く。不意にどうしてこんなところにいるのか、なんて思って、鬼柳は低く息を吐いた。
「……あったかいものでも飲みに行くか」
傍らで遊星が呟く。ありがたく頷いた。
(おもえばとおくへきたもんだ・遊京/13.11.11/『ワイシャツ』『列車』『お茶』shindanmaker.com/14509)
約束があるわけではない。だから必要もない。ただ今シーズンの王者の不調を伝えるニュースが姦しく、たまたまこのタイミングでシティを訪れる用があって、そして今目の前に滑り込む列車に飛び乗ればあの男のマンションへ行けるというだけだ。甲高いブレーキ音を俯きがちに聞いている。
(ふんぎりのつかない・ジャ←京/13.11.13(21)/『約束』『列車』『勇気』shindanmaker.com/14509)
静音状態の携帯端末が震える。物憂い午後だった。乾いた土地に稀有な雨も昼には上がり、今は蒸すように陽炎が立ち上っている。
鬼柳は緩慢に端末を繰る。アキと結婚した。受信した一文は鬼柳の恋が終わった瞬間だった。空にはきれいな虹までかかって、あの二人の門出を祝っている。
(けっこんおめでとう・京→遊アキ/13.11.16(22)/『時計』『マナーモード』『虹』shindanmaker.com/14509)
水も緑もない土地では動物も少ない。街の学校で何を学んだのか、夕食の席でウエストが鬼柳兄ちゃんは渡り鳥って見たことある?などと訊くものだから、鬼柳は茶碗を抱えたまま首を傾げた。旅先で鳥ならいくらでも見たが、あれは渡る鳥だっただろうか。遊星にでも訊いてみようと思う。
(おしえてゆうせい・鬼柳家の食卓/13.11.18(22)/『通信』『白鳥』『茶碗』shindanmaker.com/14509)
早口で礼儀作法を並べ立てるラモンが物珍しくて見上げる。鬼柳の不真面目に気づいたのか、元小悪党の男は痩せぎすな肩を怒らせた。
「聞いてんですかアンタ」
「お前案外ちゃんとしてんな」
「センセイの知らない世界があるんですよ」
俺達にはね。尤もらしい言葉だが今更である。
(あくとうのりゅうぎ・鬼柳とラモン/13.11.21(24)/『ゆとり』『名刺』『難易度』shindanmaker.com/14509)
ライフは僅か、手札はゼロ。一見すると敗色濃厚。
「溜め込んだ金、全部ベット、でいいんだよな?」
空っぽの手のひらを閃かせて鬼柳が笑う。ラモンは早々にデュエルの行方を見放した。日曜日の酒場には観客が多い。片付けは早く始めるに限る。程なく響く逆転の歓声に溜息を吐いた。
(でゅえるのおうさま・ラモンと鬼柳/13.11.27/『濃厚』『プール』『日曜日』shindanmaker.com/14509)
ニコが不在なのをいいことに行儀悪くテレビを見ながら昼食を摂る。グランプリ優勝者であるジャックが映り、彼の首でネックレスがちらりと閃いた。あれが背中で擦れると痛いんだよな、などとふと思う。 そんなことを思い出した自分に赤面して、鬼柳は目玉焼きにフォークを突き立てた。
(はだにささる・ジャ京/13.11.28(30)/『録画』『目玉焼き』『ネックレス』shindanmaker.com/14509)
十六夜アキ、という女とまともに話したことはないと思う。それがどうして映像通信などという逃げ場のない方法で会話をするに至ったのか。今すぐ電源ボタンを押してこの場から逃げてしまいたい。
『貴方と会ってから、遊星の様子がおかしいのだけど』
やはり来た。鬼柳は身を縮める。
(ついきゅう(ドクターアキと婚約直前の若き不動博士と酒の勢いで致しちゃった鬼柳)・鬼柳とアキ/13.11.30/『女』『液晶』『ボタン』shindanmaker.com/14509)
鬼柳以外
黒薔薇の魔女、などと呼ばれていたのは誰だったか。クロウはビデオカメラを回しながら、レンズの向こうの女にそっと溜息をつく。丸く整えられた爪も、柔らかく上弦を描く唇も、ふっくらと柔らかい頬もやさしい桜色だ。遊星との結婚式で流すための撮影なのに、未練ばかりが胸を刺す。
(みれんしつれん・遊アキ←クロウ/13.11.19(23)/『薔薇色』『録画』『桜並木』 http://shindanmaker.com/14509)
無手札の鬼神
唇を貪って溺れる。縋りついて酸素と慈悲を請う。軽く触れ合う口の端が上弦に歪んでいるから赦されている。鬼柳は陶酔して身を寄せる。みっともないぐらい、肉の境界など埋めてしまえとばかりに強く強く。王者の首に下げられたままの金属片が薄い鬼柳の胸を抉って、細く長く傷を残す。
(できしたい・VJジャ京/13.11.5(9)/『プール』『かさぶた』『ネックレス』http://shindanmaker.com/14509)
「あんな女、ジャックに吊り合わない」
「俺はあの女に興味はない」
「知ってる」
こうなると鬼柳は聞かない。取り落とした棒切れを爪先でガランと転がして呻く。
「女でも、モデルでも、有名でも、誰もジャックには似合わない」
決闘者だって、俺だって。ぶつぶつと呟き続ける。
(ここうのおうじゃ・VJジャ京/13.11.9(10)/『鉄棒』『合格』『モデル』http://shindanmaker.com/14509)
少し前まで街頭のモニタでジャックの決闘を見上げていた。ライブ中継の文字に彼は今この瞬間戦っているのだ、と思いを馳せたりして。それが今や。
「捨てておけ」
立派な封の手紙や、取締役の文字がちらつく名刺を拾い上げる。まるで家政婦のようなこの扱い、喜んでいいのだろうか。
(ぎゃっぷ・VJジャ京/13.11.20(23)/『書簡』『ライブ』『名刺』http://shindanmaker.com/14509)
あの芝居がかった言い回しは脚本でも用意されているんじゃないか。仮に本心からの言葉ならそれはそれで人としてどうなのか。
ネットの上には絶対王者を貶す言葉が溢れている。そんな書き込みを見る度に鬼柳はキーを叩こうとするのだが、ジャック本人に端末の電源を落とされて終わる。
(びーびーえすのきしん・VJジャ京/13.11.22(24)/『原稿』『Web』『予測』http://shindanmaker.com/14509)
パラレル
懐かしの流行歌の流れる午後のカフェにて。ジャックがカップを片手に時間を止めて久しい。黒い水面もしんと静まって、もう人肌ほどの温もりも残してはいまい。
糸を切るように、向かいの鬼柳が噴き出した。
「嘘だよ、ばあか」
鬼柳の目端に浮かぶ水が更にジャックの混乱を誘う。
(うそつき・ジャにょた京/13.11.4(9)/『流行』『人肌』『コーヒー』shindanmaker.com/14509)
常夜灯のうすい光に小瓶を透かし見る。たぷんと揺れる柔らかな水薬。寝る前に飲む分。鬼柳はきちんと理解している。生まれてからずっと、毎晩、正しく服用している。けれどたまに、この薬を飲まなければ死んでしまえるのだろうかと考える。誰が悲しみ、誰が生き延びるのかを考える。
(ひとりぶんのひだまりに・京介→京介(現パロ)/13.11.24/『自己暗示』『ランプ』『水薬』shindanmaker.com/14509)