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March in step with your rhythm
カーテンなんて上等なもののない窓から、青白い月明かりが差し込む。ひょいと薄闇に浮かんだかんばせもまた青白く、しかし不健康さに反して陽気にへらりと崩れた。
「ジャック、入ーれてっ」
仲間内で遊びに興じる子どもの気軽さである。ただし当の本人はひょろひょろと長い手足を持て余した青年で、入れてと指差す先はジャックがぬくぬくと温めている布団の中だ。固いマットと薄い毛布はジャックが自らの体温でせっせと快適な環境に育て上げたというのに、入れての一言でおこぼれに与ろうというのだからまったくツラの皮が厚い。そうでなくてもジャック一人でぎゅうぎゅうのベッドなのだ、こんなものを招き入れたら狭くて仕方がない。仕方がないのだが。
「鬼柳……」
拒否の声を上げるまでもなく、鬼柳はもぞもぞと入り込んでくる。これだけ明るい月夜なのだからジャックの眉間の皺は見えているはずだ。とはいえ鬼柳が最初から聞き入れるつもりがないことも重々承知している。
ジャックは溜め息を付いて身を引いた。鬼柳に場所を譲ってやるため、ではなく、自分が狭いからである。鬼柳は嬉々として広げられた隙間に潜り込んで、毛布に鼻先を埋めた。くっくっと、低い笑い声が聞こえる。
「ジャックはやさしーなあ」
「……自分に都合のいい勘違いをするな。俺が狭いからだ」
「でも蹴り出さねーじゃん。クロウと違って」
楽しそうに鬼柳は答える。鬼柳の台詞は暗にこの侵入が初めてのものでも一度や二度のものでもないと語っていた。諦め気味に問いかけてみる。
「クロウのところには」
「行ってねーよ。アイツすーぐ目ェ覚まして蹴り出してくんだもん」
鬼柳の頭が毛布から飛び出す。光に晒された顔は年甲斐もなくむくれていて、ジャックは苛立ちを通り越して頭痛を覚えた。クロウは通り越すことなく、苛立ちに任せて鬼柳を蹴り出したのだろう。当然だ、
「抱きまくら代わりにするからだろう」
年の割に伸びの悪い身長をクロウは非常に気にしている。繊細な青少年の悩みをまるっと無視して抱き心地がいいなどと呼ばわる鬼柳は、蹴り出される程度で済むことを感謝すべきだろう。教えてやる義理もないので黙っているが。
「アイツあったけーんだぜ。子ども体温っつーの?」
ジャックの呆れなどどこ吹く風、鬼柳は笑う。放たれた台詞は決して馬鹿にしてのものではないのでまたたちが悪かった。本人には言ってやるなよ、とせめて添えるも、鬼柳は首を傾げ理解していない。クロウが哀れである。
「最初から自分のベッドで眠ればいいだろう。遊星に毛布をやるからこうなる」
「だって俺らのデュエルディスク作ってくれてるんだし、放っといたらアイツ風邪引いちまうだろ?」
そもそもの始まりはそれだ。機械に没頭すると寒いだとか暑いだとか、眠いだとか腹が空いただとか、とにかく一切が見えなくなってしまう遊星のために鬼柳はいつも自分の毛布をかけてやっていた。リーダーの自称に恥じない立派な行為だが、それで自分が寒がっていては本末転倒だ。結果として暖を求める鬼柳がクロウのベッドへ潜り込み、蹴り出され、最後はジャックのベッドに行き着く訳である。
迷惑な、とジャックが溜め息をつく前に、鬼柳の頭がもぞもぞと揺れる。譲ってやったスペースを通り越して、ジャックの胸にピタリと張り付いてきた。おい、と声をかけると、ひそかな笑い声が返ってくる。
「ジャックもぬっくいなあ。体温低そうなのに」
「なんだそれは」
「でっかい生き物って体温低いんだろ?」
持て余し気味の腕を巻きつけてきながら、逆にちっさい生き物は体温高いんだってな、と付け足す。それはクロウのことなのか、とことん哀れだ。
やはり悪気のないらしい鬼柳はジャックに抱きついたまま、深く息を吸い込んだ。他人の吐息が頬を掠めるのはくすぐったい。見下ろせば鬼柳はもう目を閉じていて、文句を言う気も失せるほど安らかな顔をしている。
「ふたりだとぬくくていいな、うん……おやすみジャック」
挙句勝手に完結させて、完全に寝の姿勢に入った。おやすみ三秒とはまさにこのことか、程なくして本格的な寝息が聞こえる。
鬼柳の寝顔を存分に見下ろして、ジャックも深く深く息を吐いた。まあいいかと思いながら目を閉じる。こうしてまた鬼柳が遊星に毛布をかけ、クロウのベッドに忍び込んで蹴り出され、最後にジャックのベッドに収まるループが完成したわけだが、一人でベッドを温めるよりはいいのかもしれない。
「ジャック、入ーれてっ」
仲間内で遊びに興じる子どもの気軽さである。ただし当の本人はひょろひょろと長い手足を持て余した青年で、入れてと指差す先はジャックがぬくぬくと温めている布団の中だ。固いマットと薄い毛布はジャックが自らの体温でせっせと快適な環境に育て上げたというのに、入れての一言でおこぼれに与ろうというのだからまったくツラの皮が厚い。そうでなくてもジャック一人でぎゅうぎゅうのベッドなのだ、こんなものを招き入れたら狭くて仕方がない。仕方がないのだが。
「鬼柳……」
拒否の声を上げるまでもなく、鬼柳はもぞもぞと入り込んでくる。これだけ明るい月夜なのだからジャックの眉間の皺は見えているはずだ。とはいえ鬼柳が最初から聞き入れるつもりがないことも重々承知している。
ジャックは溜め息を付いて身を引いた。鬼柳に場所を譲ってやるため、ではなく、自分が狭いからである。鬼柳は嬉々として広げられた隙間に潜り込んで、毛布に鼻先を埋めた。くっくっと、低い笑い声が聞こえる。
「ジャックはやさしーなあ」
「……自分に都合のいい勘違いをするな。俺が狭いからだ」
「でも蹴り出さねーじゃん。クロウと違って」
楽しそうに鬼柳は答える。鬼柳の台詞は暗にこの侵入が初めてのものでも一度や二度のものでもないと語っていた。諦め気味に問いかけてみる。
「クロウのところには」
「行ってねーよ。アイツすーぐ目ェ覚まして蹴り出してくんだもん」
鬼柳の頭が毛布から飛び出す。光に晒された顔は年甲斐もなくむくれていて、ジャックは苛立ちを通り越して頭痛を覚えた。クロウは通り越すことなく、苛立ちに任せて鬼柳を蹴り出したのだろう。当然だ、
「抱きまくら代わりにするからだろう」
年の割に伸びの悪い身長をクロウは非常に気にしている。繊細な青少年の悩みをまるっと無視して抱き心地がいいなどと呼ばわる鬼柳は、蹴り出される程度で済むことを感謝すべきだろう。教えてやる義理もないので黙っているが。
「アイツあったけーんだぜ。子ども体温っつーの?」
ジャックの呆れなどどこ吹く風、鬼柳は笑う。放たれた台詞は決して馬鹿にしてのものではないのでまたたちが悪かった。本人には言ってやるなよ、とせめて添えるも、鬼柳は首を傾げ理解していない。クロウが哀れである。
「最初から自分のベッドで眠ればいいだろう。遊星に毛布をやるからこうなる」
「だって俺らのデュエルディスク作ってくれてるんだし、放っといたらアイツ風邪引いちまうだろ?」
そもそもの始まりはそれだ。機械に没頭すると寒いだとか暑いだとか、眠いだとか腹が空いただとか、とにかく一切が見えなくなってしまう遊星のために鬼柳はいつも自分の毛布をかけてやっていた。リーダーの自称に恥じない立派な行為だが、それで自分が寒がっていては本末転倒だ。結果として暖を求める鬼柳がクロウのベッドへ潜り込み、蹴り出され、最後はジャックのベッドに行き着く訳である。
迷惑な、とジャックが溜め息をつく前に、鬼柳の頭がもぞもぞと揺れる。譲ってやったスペースを通り越して、ジャックの胸にピタリと張り付いてきた。おい、と声をかけると、ひそかな笑い声が返ってくる。
「ジャックもぬっくいなあ。体温低そうなのに」
「なんだそれは」
「でっかい生き物って体温低いんだろ?」
持て余し気味の腕を巻きつけてきながら、逆にちっさい生き物は体温高いんだってな、と付け足す。それはクロウのことなのか、とことん哀れだ。
やはり悪気のないらしい鬼柳はジャックに抱きついたまま、深く息を吸い込んだ。他人の吐息が頬を掠めるのはくすぐったい。見下ろせば鬼柳はもう目を閉じていて、文句を言う気も失せるほど安らかな顔をしている。
「ふたりだとぬくくていいな、うん……おやすみジャック」
挙句勝手に完結させて、完全に寝の姿勢に入った。おやすみ三秒とはまさにこのことか、程なくして本格的な寝息が聞こえる。
鬼柳の寝顔を存分に見下ろして、ジャックも深く深く息を吐いた。まあいいかと思いながら目を閉じる。こうしてまた鬼柳が遊星に毛布をかけ、クロウのベッドに忍び込んで蹴り出され、最後にジャックのベッドに収まるループが完成したわけだが、一人でベッドを温めるよりはいいのかもしれない。
- 2013.2.27 (あなたのリズムにのせられて)
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