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Down into spiral
遊星、遊星と縋りついてくる鬼柳を遊星は笑う。ジャックとクロウがいなくなってしばらく経つが、鬼柳は日に日に遊星に依存していく。初めのうちは二人でもやってやると息巻いてリーダーぶっていたのに、今では遊星が出かけアジトで一人きりで残されることすら恐れる始末。おかげで今は必要な物を持ち込んでアジトに二人で住み込んでいる状態だった。
あまりにも分かりやすい閉じた関係。縋られる遊星は気づいているが、縋りつく鬼柳のほうはまったく気づく気配がない。もう鬼柳の世界には遊星しかいないのだ。
陶酔してそう語れば、対する幼馴染は渋い顔をした。
「分かってるならどうしてまだ一緒にいんだよ?」
「……? クロウは気分がいいと思わないか?」
燻り腐りゆくだけだった自分たちを見つけて救い上げてくれた鬼柳が、ずっと背中を追うばかりだった憧れの存在が、自分だけを見ている。他には何もないと縋るのだ。自分が彼を生かしているのだ。それはこれ以上ないほどの愉悦だった。もしかすると遊星が生まれて初めて手にした悦びだったかもしれない。
クロウはゆっくりとかぶりを振る。どこか失望したような目で遊星をまっすぐに見つめながら、重々しく口を開いた。
「鬼柳はあんな男じゃなかった」
「そんなことはない、今の鬼柳だって俺たちを導いてくれた鬼柳に変わりない」
「……例えそうだとしても、俺は今のアイツにはついていけねぇよ」
鬼柳はもうだめだ、悪いことはいわないからアイツからは離れろ。クロウは本気でそういっているらしい。
遊星からすれば鬼柳を見捨てるなどとんでもない話だ。クロウもジャックも去って、遊星しかいない今の鬼柳を見捨てるなんて。誰の邪魔も入らない二人の世界を、なかったことにするなんて。
鬼柳と共にいることの不毛を説くクロウとは話の落とし所がないまま別れた。早く帰らなければ、鬼柳は一人で孤独と不安に震えているのだ。遊星の足は自然早まる。
けれど孤独と不安の末に遊星を見つけた鬼柳の表情ときたら。思い描いて遊星は嘆息した。あの遊星しか見えていない、遊星だけに向けられる安堵の表情は何物にも変え難い。長く一人の恐怖に晒せば晒すほど、鬼柳は強く遊星に縋るのだ。
ならば。遊星は足を止めた。クロウの言うとおりに遊星が鬼柳を見捨てたら、どれだけ深い執着で遊星を縛ってくれるのだろう。
立ち止まったまま少し考える。今以上に強く深く鬼柳に求められる、それはどれほどの悦楽だろうか。見当もつかないことに、遊星は気づいてしまった。日の暮れかけた掃き溜めの街で一人、静かに口の端を持ち上げる。見当もつかない、けれどきっと、魂と魂が絡みついて溶け流れてしまうほどの執着だと思う。酷く甘美な想像だった。
果たして遊星は甘く滴る想像を現実のものとする機会を得た。アジトに戻ってみれば、鬼柳はぎらぎらとした瞳で遠くを見つめていたのだ。視線が向かう先はサテライトをお遊び程度に取り締まるセキュリティの根城がある。
「遊星、俺たちの敵が見つかったんだ」
興奮を押さえ込んだ鬼柳の声。遊星も鬼柳とはまた異なる種の奮えを押さえ込む。そして共にセキュリティを叩き潰そうと笑う鬼柳に、ついていけないと首を振った。
黒い眼球を晒して鬼柳が嗤う。遊星もあの時と同じように笑みを押さえ込んだ。
今、目の前にいる鬼柳は死人だという。あの時は鬼柳の執着を受け止めきれないまま死なせてしまったと絶望したがそうではなかった。鬼柳は死してなお、否、遊星のために死と復讐を選んだのだという。あの闇と同じ色の瞳には遊星しか映っていない。遊星を殺すことしか頭にない。当時よりもずっと強く深く、生と死を繋いで絡み合うほどの想い。
アクセルを踏み込んで鬼柳の想いに応える。闇の力で具現化した衝撃も熱も恐らく真実ではない。これは鬼柳の遊星へ向ける情そのものなのだ。これ以上の執着と快楽があるだろうか!
どこかでデュエルを見ているはずのクロウへ、遊星は内心で笑いかけた。まだ分からないのかクロウ、これが俺たちの愛したリーダーだ。今は自分だけのものだ。この何よりの幸せが分からないお前とジャックは、なんて可哀想なのだろう。
あまりにも分かりやすい閉じた関係。縋られる遊星は気づいているが、縋りつく鬼柳のほうはまったく気づく気配がない。もう鬼柳の世界には遊星しかいないのだ。
陶酔してそう語れば、対する幼馴染は渋い顔をした。
「分かってるならどうしてまだ一緒にいんだよ?」
「……? クロウは気分がいいと思わないか?」
燻り腐りゆくだけだった自分たちを見つけて救い上げてくれた鬼柳が、ずっと背中を追うばかりだった憧れの存在が、自分だけを見ている。他には何もないと縋るのだ。自分が彼を生かしているのだ。それはこれ以上ないほどの愉悦だった。もしかすると遊星が生まれて初めて手にした悦びだったかもしれない。
クロウはゆっくりとかぶりを振る。どこか失望したような目で遊星をまっすぐに見つめながら、重々しく口を開いた。
「鬼柳はあんな男じゃなかった」
「そんなことはない、今の鬼柳だって俺たちを導いてくれた鬼柳に変わりない」
「……例えそうだとしても、俺は今のアイツにはついていけねぇよ」
鬼柳はもうだめだ、悪いことはいわないからアイツからは離れろ。クロウは本気でそういっているらしい。
遊星からすれば鬼柳を見捨てるなどとんでもない話だ。クロウもジャックも去って、遊星しかいない今の鬼柳を見捨てるなんて。誰の邪魔も入らない二人の世界を、なかったことにするなんて。
鬼柳と共にいることの不毛を説くクロウとは話の落とし所がないまま別れた。早く帰らなければ、鬼柳は一人で孤独と不安に震えているのだ。遊星の足は自然早まる。
けれど孤独と不安の末に遊星を見つけた鬼柳の表情ときたら。思い描いて遊星は嘆息した。あの遊星しか見えていない、遊星だけに向けられる安堵の表情は何物にも変え難い。長く一人の恐怖に晒せば晒すほど、鬼柳は強く遊星に縋るのだ。
ならば。遊星は足を止めた。クロウの言うとおりに遊星が鬼柳を見捨てたら、どれだけ深い執着で遊星を縛ってくれるのだろう。
立ち止まったまま少し考える。今以上に強く深く鬼柳に求められる、それはどれほどの悦楽だろうか。見当もつかないことに、遊星は気づいてしまった。日の暮れかけた掃き溜めの街で一人、静かに口の端を持ち上げる。見当もつかない、けれどきっと、魂と魂が絡みついて溶け流れてしまうほどの執着だと思う。酷く甘美な想像だった。
果たして遊星は甘く滴る想像を現実のものとする機会を得た。アジトに戻ってみれば、鬼柳はぎらぎらとした瞳で遠くを見つめていたのだ。視線が向かう先はサテライトをお遊び程度に取り締まるセキュリティの根城がある。
「遊星、俺たちの敵が見つかったんだ」
興奮を押さえ込んだ鬼柳の声。遊星も鬼柳とはまた異なる種の奮えを押さえ込む。そして共にセキュリティを叩き潰そうと笑う鬼柳に、ついていけないと首を振った。
黒い眼球を晒して鬼柳が嗤う。遊星もあの時と同じように笑みを押さえ込んだ。
今、目の前にいる鬼柳は死人だという。あの時は鬼柳の執着を受け止めきれないまま死なせてしまったと絶望したがそうではなかった。鬼柳は死してなお、否、遊星のために死と復讐を選んだのだという。あの闇と同じ色の瞳には遊星しか映っていない。遊星を殺すことしか頭にない。当時よりもずっと強く深く、生と死を繋いで絡み合うほどの想い。
アクセルを踏み込んで鬼柳の想いに応える。闇の力で具現化した衝撃も熱も恐らく真実ではない。これは鬼柳の遊星へ向ける情そのものなのだ。これ以上の執着と快楽があるだろうか!
どこかでデュエルを見ているはずのクロウへ、遊星は内心で笑いかけた。まだ分からないのかクロウ、これが俺たちの愛したリーダーだ。今は自分だけのものだ。この何よりの幸せが分からないお前とジャックは、なんて可哀想なのだろう。
- 2013.2.16 (悪循環に踏み込む)
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