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訳:結婚しよう
「鬼柳、貴様料理はできるか」
は、と呼吸音。息を吐いたのか止めたのか飲んだのか、自分でも分からない音。つまりそれだけ前後不覚で揺さぶられていて、端的に述べると鬼柳は今セックスの最中だった。相手はといえば先ほどの全く脈絡のない質問をしてきた男である。
「な、にっ……ひ」
「答えろ」
絶対王者。そう呼ばれる男、ジャック・アトラスは散々続けていた揺さぶる動きを止めて、零度の瞳で鬼柳を見下している。紫水晶の瞳の中には快楽を堰き止められ、涙と涎で顔を汚したみすぼらしい男がいた。いうまでもなく自分だ。
ご丁寧にも達する寸前だった欲の塊は大きな手のひらに押さえこまれている。解放を求めて疼く熱に、内股がビクリと無様に跳ね上がる。喉を通るだけの空気はろくに酸素を運べず、思考は酷く鈍い。そうでなくても問いのタイミングも意味も分からない。しかし答えなければ放埒は得られないのだと嫌でも分かった。
「ぁ、ずっと、ひ、とり……だった、からッ……ん、できなくは、」
ない、とあと一言を残したところで、内に入り込んだ肉が鬼柳の奥を強く抉った。
「ひッ!? ぁ、ジャッ、クぅ……あぅ!」
「できるのだな」
がんがんと音が響きそうな勢いで突き入れながら、涼やかな声でジャックは結論付ける。
声と動きと話の内容と、すべてにおいて温度差が酷い。意図を訝しむ余裕すら食い尽くされて、徐々に真っ白に染まっていく頭を抱えながら鬼柳はただ啼いた。暴力的な快感を与えられているのに捌け口は未だに戒められたままで、ぼろぼろと涙がこぼれる。
「ジャッ、くぅ……!」
腰を掴む王者の腕に縋りつく。辛うじて紡いだ名前で訴えかければ、ぐらぐら揺れる視界の中下されるのは冷笑。己のやかましいばかりの呼吸と喘ぎの中でも、ジャックの吐息だけははっきりと耳に届いた。
最早指先を引っかけるだけとなっていた腕が、不意に引かれる。上体を持ち上げられ繋がる箇所は余計な摩擦を生み、鬼柳は呼吸を止めて目を見開く。その目前に、ジャックの端正な顔が迫った。揺さぶる動きがピタリと止む。
「ならば鬼柳、お前は俺と共にいろ」
「は――」
「どうせ俺を追うだけの人生だったのだろう。ならば俺が囲ってやる、といっている」
代わりに俺の朝食を毎日作れ。
酩酊に冷水を浴びせられたような感覚だった。荒い呼吸はさすがに治まらないが、わんわんと響いて鬼柳の思考も何もかもを阻害していた熱が引く。ジャックの言葉は徐々に加速して鬼柳の頭に行き渡り、意味をなした。
思うところもいいたいことも多々浮かんで、弾けるように消えていく。つまり、ジャックは、
「それは――あぁッ!?」
「余計な言葉はいらん。従うのか否かだけ答えろ」
「あ、あぁ、んんう……! ジャ……おま、えッ……ぐ、あ、やっ、ああ!」
引き寄せられたまま腰を使われる。疑問も反論も許さない勢いに、今度は自重までかかって言葉が散っていく。いい加減きつく握られた肉が疼いて、ジャックの望む答えを返さない限り解放されないのだろうと予測はついた。
追い詰められた口が考えなしに答える前に。鬼柳はなけなしの理性と思考を掻き集める。
確かにV・S・F・Lを逃げ出してからずっと、鬼柳は一人でジャックを救う方法を探していた。否、すべての始まりはジャックのためにあの施設を壊したことからだった。初めからここまで鬼柳の人生はジャックのためにあったのだと、その点は認める。しかし「ならば囲ってやる」などといわれる筋合いはない。
言葉になる前の喘ぎを垂れ流しながら、必死でジャックの顔を見下ろす。目端で滲む視界の中、絶対王者はただ自分だけを見上げていた。
常に浮かべている薄い笑みはない。理不尽を人に叩きつけておきながらジャックは酷く真摯な表情をしている。喘ぎと戸惑いの中、鬼柳はなんとか思考を巡らせて――違和感の真ん中にぱちりとはまるピースを見つけた。
重要なのは、囲ってやる、の方ではなくて、その後の、
「ふっ……あ、ははっ……!」
見下ろす先で秀眉が寄せられる。
「……何を笑っている」
気でも狂ったか、などと付け足されるが不愉快ではない。
むしろこちらの台詞だ、とも思うが、鬼柳もジャックと同じだ。文句があろうはずもない。手酷い責めと追い込む言葉の裏側に潜むジャックの真意は、かわいらしいというべきか、呆れたというべきか。
鬼柳は深く寄せられたジャックの眉間に唇を落とした。
「そうだな、俺も大概、お前に……っん、あ……狂ってる」
続いて長い睫毛の上へ口づける。ジャックの律動が止んで、鬼柳はそっと距離を取る。もう一度見下ろした先には、不機嫌そうに口元を歪めるジャックの顔がある。けれど満更でもないのだろう。王者と崇められるこの男の表情の機微を読み取れるのは世界で自分一人だけだと鬼柳は思っている。
「いいだろうジャック――毎朝お前のために、味噌汁でも作って、満足させてやる」
小さく跳ねるジャックの肩を抱いて、自分から腰を揺する。耳元をくすぐる苦々しい吐息を笑えば、またかたちばかりの蹂躙が始まった。
は、と呼吸音。息を吐いたのか止めたのか飲んだのか、自分でも分からない音。つまりそれだけ前後不覚で揺さぶられていて、端的に述べると鬼柳は今セックスの最中だった。相手はといえば先ほどの全く脈絡のない質問をしてきた男である。
「な、にっ……ひ」
「答えろ」
絶対王者。そう呼ばれる男、ジャック・アトラスは散々続けていた揺さぶる動きを止めて、零度の瞳で鬼柳を見下している。紫水晶の瞳の中には快楽を堰き止められ、涙と涎で顔を汚したみすぼらしい男がいた。いうまでもなく自分だ。
ご丁寧にも達する寸前だった欲の塊は大きな手のひらに押さえこまれている。解放を求めて疼く熱に、内股がビクリと無様に跳ね上がる。喉を通るだけの空気はろくに酸素を運べず、思考は酷く鈍い。そうでなくても問いのタイミングも意味も分からない。しかし答えなければ放埒は得られないのだと嫌でも分かった。
「ぁ、ずっと、ひ、とり……だった、からッ……ん、できなくは、」
ない、とあと一言を残したところで、内に入り込んだ肉が鬼柳の奥を強く抉った。
「ひッ!? ぁ、ジャッ、クぅ……あぅ!」
「できるのだな」
がんがんと音が響きそうな勢いで突き入れながら、涼やかな声でジャックは結論付ける。
声と動きと話の内容と、すべてにおいて温度差が酷い。意図を訝しむ余裕すら食い尽くされて、徐々に真っ白に染まっていく頭を抱えながら鬼柳はただ啼いた。暴力的な快感を与えられているのに捌け口は未だに戒められたままで、ぼろぼろと涙がこぼれる。
「ジャッ、くぅ……!」
腰を掴む王者の腕に縋りつく。辛うじて紡いだ名前で訴えかければ、ぐらぐら揺れる視界の中下されるのは冷笑。己のやかましいばかりの呼吸と喘ぎの中でも、ジャックの吐息だけははっきりと耳に届いた。
最早指先を引っかけるだけとなっていた腕が、不意に引かれる。上体を持ち上げられ繋がる箇所は余計な摩擦を生み、鬼柳は呼吸を止めて目を見開く。その目前に、ジャックの端正な顔が迫った。揺さぶる動きがピタリと止む。
「ならば鬼柳、お前は俺と共にいろ」
「は――」
「どうせ俺を追うだけの人生だったのだろう。ならば俺が囲ってやる、といっている」
代わりに俺の朝食を毎日作れ。
酩酊に冷水を浴びせられたような感覚だった。荒い呼吸はさすがに治まらないが、わんわんと響いて鬼柳の思考も何もかもを阻害していた熱が引く。ジャックの言葉は徐々に加速して鬼柳の頭に行き渡り、意味をなした。
思うところもいいたいことも多々浮かんで、弾けるように消えていく。つまり、ジャックは、
「それは――あぁッ!?」
「余計な言葉はいらん。従うのか否かだけ答えろ」
「あ、あぁ、んんう……! ジャ……おま、えッ……ぐ、あ、やっ、ああ!」
引き寄せられたまま腰を使われる。疑問も反論も許さない勢いに、今度は自重までかかって言葉が散っていく。いい加減きつく握られた肉が疼いて、ジャックの望む答えを返さない限り解放されないのだろうと予測はついた。
追い詰められた口が考えなしに答える前に。鬼柳はなけなしの理性と思考を掻き集める。
確かにV・S・F・Lを逃げ出してからずっと、鬼柳は一人でジャックを救う方法を探していた。否、すべての始まりはジャックのためにあの施設を壊したことからだった。初めからここまで鬼柳の人生はジャックのためにあったのだと、その点は認める。しかし「ならば囲ってやる」などといわれる筋合いはない。
言葉になる前の喘ぎを垂れ流しながら、必死でジャックの顔を見下ろす。目端で滲む視界の中、絶対王者はただ自分だけを見上げていた。
常に浮かべている薄い笑みはない。理不尽を人に叩きつけておきながらジャックは酷く真摯な表情をしている。喘ぎと戸惑いの中、鬼柳はなんとか思考を巡らせて――違和感の真ん中にぱちりとはまるピースを見つけた。
重要なのは、囲ってやる、の方ではなくて、その後の、
「ふっ……あ、ははっ……!」
見下ろす先で秀眉が寄せられる。
「……何を笑っている」
気でも狂ったか、などと付け足されるが不愉快ではない。
むしろこちらの台詞だ、とも思うが、鬼柳もジャックと同じだ。文句があろうはずもない。手酷い責めと追い込む言葉の裏側に潜むジャックの真意は、かわいらしいというべきか、呆れたというべきか。
鬼柳は深く寄せられたジャックの眉間に唇を落とした。
「そうだな、俺も大概、お前に……っん、あ……狂ってる」
続いて長い睫毛の上へ口づける。ジャックの律動が止んで、鬼柳はそっと距離を取る。もう一度見下ろした先には、不機嫌そうに口元を歪めるジャックの顔がある。けれど満更でもないのだろう。王者と崇められるこの男の表情の機微を読み取れるのは世界で自分一人だけだと鬼柳は思っている。
「いいだろうジャック――毎朝お前のために、味噌汁でも作って、満足させてやる」
小さく跳ねるジャックの肩を抱いて、自分から腰を揺する。耳元をくすぐる苦々しい吐息を笑えば、またかたちばかりの蹂躙が始まった。
- 2013.1.30 (求婚=俺に毎朝味噌汁を作ってくれ)
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