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イヌミミスイッチ

 城之内克也は犬であり海馬瀬人は主である。
 これは比喩にして真実だった。海馬にとって城之内は犬だったのである。
 そんな前提でいたらある日、城之内の金髪の上にちょこんと柴犬のような耳が見えることに気づいた。唐突に生えてきたわけではない。気が付いたら至極自然に生えていて今更それを意識した、そんな感覚だった。もちろん城之内が犬であるという前提は真実にして比喩であるからして、城之内克也は立派に人間である。
 非ィ科学的な。海馬は城之内の頭部に犬耳を見つけてまずそう思った。そもそも人間の耳もちゃんと付いている上に獣の耳が頭部から生えているなどナンセンスではないか。
 つまりこれは幻覚の類いだ。海馬はそう結論付け、ひょっとするとこんなものが見えるまでに自分は疲れているのだろうかとらしくもないことを考えた。しかしいくら休養を取ろうが目を擦ろうが城之内の頭部の犬耳は海馬の視界に映り続ける。もしやと思って本人や周りの者にそれとなく探りを入れてみたが自分以外には見えないらしく、ならばやはり幻覚のはずである。
「? どうしたよ海馬」
 ところがこの幻覚、よくできている。首を傾けてこちらを見上げる城之内の犬耳は、周囲を探るようにぴくぴくと動いているのだ。
「なーんか最近お前変だよな」
 海馬の首筋に音を立てて吸いつきながら城之内は続けた。城之内は既に学ランを脱ぎ捨て、シャツの前を恥ずかしげもなく開いている。ひらりと揺れるシャツから覗く腰のラインを指先で辿りながら、海馬は城之内の前髪に唇を落とした。
「こら、ごまかすなって」
「ごまかしてなどいない。長引いている案件があるだけだ」
「そうか? ん……」
 口づけに揺れる前髪に城之内が目を伏せる。海馬の視界の端で呼応して金色の犬耳がぱちんと跳ねた。しかしこれは幻なのだ、気にしなければどうということはない。海馬は滑らかな城之内の腰を手のひら全体で撫で回し、ゆっくりとズボンの隙間から指先を侵入させる。気付いた城之内が身を捩るが軽く鼻先を噛んで押さえ込んだ。
 指先は下着の中へ、焦らすように鼻骨を辿りその先へと伸ばせば、しっとりとしてふさりとした感触。くるりと指に絡めればびくんと城之内の身体が跳ねた。
「ひっ!?
「……………………」
 しっとりとして、くるりと指で絡められる、ふさりとした感触?
「う、あ、なに!?
 無言のままずるんと下着もろともズボンを引きずり下ろし、城之内の尻を剥き出しにする。先程の未知の感覚にか海馬の唐突な行動にか動揺して声を上げる城之内は無視し、ふさりとした何かを根本から梳くように指を通す。そのまま持ち上げて、ぐいと引っ張れば視界に飛び込むのはふさふさの金色、聴覚に流れ込むのは高い声。
「ひッ……ど、こ、ぅあ、触ってんだよっ!?
 払い除けるようにはたはた振れる金色は紛れもなく獣の尾である。先日から見えていた頭部の耳と揃いの、柔らかい毛質の犬の尻尾。
 これも幻ではないのだろうか。海馬は手中の尾を握り込む。ふわふわとしてなかなか手触りがいい。力加減を変える度に城之内の背中が跳ねるのもなかなか楽しく、海馬はしばらく金の尻尾を弄ぶ。
 しかし耳に加えて尾まで生えているとは思わなかった。気付かなかっただけなのかそれとも今見え始めたのか、露出していない部分だから単純に見えなかったのか。何よりもまず触ることができるとは思わなかった。そこでふと思い至り、海馬は伏せられた獣の耳に唇を落とした。唇に触れる毛の柔らかさを確かめ、続けて軽く食んでみる。
「んっ! さっき、から、何……」
「――どうだ?」
「ふあっ!?
 やはり尾と同様に触れることができるらしい。耳のみならず身体全体を震わせる城之内を煽るべく歯を立てればこりこりとした感触。むずがるように舌の上でぱちんと跳ねる仕草に海馬は笑い、震える耳孔に疑問を吹き込む。
「どう、って……は、今日はそういう、んあ、プレイなワケ……んっ」
「単純な興味だ。答えろ」
 顔を覗き込めばほんのりと水気を増した瞳が見上げてくる。憎まれ口を叩いてはいるが未知の感覚に戸惑っている様が容易に見て取れ、海馬はますます笑みを深めた。
 理解のできない事象ではあるがこんな城之内が見れるのなら悪くはない、と、足の間に垂れ下がる尾の付け根を強く揉みこむ。予想通り城之内の身体は海馬の膝上で大きく跳ね、縋るように両手が海馬のシャツを掴んだ。
「なんか、おかし……あ、あ」
「ほう」
「おっまえ……さっきからどこ、ひ、触ってんだよ……!」
 身を捩って己の腰を振り返る城之内に余裕はない。どうも耳や尾の感覚はあるものの本人にも視認できないらしく、しかも感度はいうまでもなかった。前後不覚に陥りつつある本人よりも城之内を膝に乗せている海馬のほうが熱の変化を理解しており、完全に優位に立っているといえよう。あまりないシチュエーションに常よりも高揚している己を自覚するが、城之内はもちろん気付かない。
 ぐいと膝を立て、そのまま腰かけていたベッドに城之内を転がし覆い被さる。挑発的に開かれていたシャツは海馬を誘いこむようにシーツの上に広がり、剥き出しの下肢と絡まるズボンの隙間では犬の尾が尻の割れ目を隠すように太腿に挟み込まれている。誘われるまま城之内の首筋に顔を埋め、意趣返しとばかりに海馬はそこを吸い上げた。
「んっ…なあ、変、おかしいって…!」
 自分からは存分に痕をつけるくせに、制服だと見えるだの何だのと言い訳を並べ立てて海馬に痕をつけさせない城之内だが、思った通り今日は耳と尾からの快感に戸惑うばかりで海馬の行動に気づいていない。半端に絡まるズボンを剥ぎ取って股の間で縮こまる尾を鷲掴めば言葉にならない高い声を上げ、海馬は涙を浮かべる城之内の瞳を覗き込んで笑う。
「今日は素直に声を上げるな?」
「るせっ……ふ、おまえっ! なんか……しただろっ……ぅあ」
「知りたいか?」
 返事を待たず腰を抱え上げる。膝が胸に着くほど折り曲げて見下ろせば、城之内は目を丸く見開いた。蜜色にぱちぱち、我ながらよくないと思える笑みが写り込む。
 しばらくの間があった。海馬の先ほどの言葉とよろしくない笑い、そして今の自分の体勢まで振り返ってようやく己の危機に気づいたらしく、城之内の顔が一気に青ざめた。
「ちょっ……待て待て待て! まさかもう入れっ、ひいいぃっ!?
 ばたばたともがく身体が煩わしいので尾の根本を強く握り込む。ついでに中指を何の潤いもない後孔に突き入れれば、城之内の背は弓なりに大きく反り返った。無論渇いたそこには爪先程も埋まらなかったが、城之内は信じられないという表情で口をぱくぱくと開閉させている。手の中の犬の尾は腹を向いて巻かれ、頭では犬の耳がぺたんと伏せられていた。
 抵抗を止めた城之内に見せつけるように、海馬は持ち上げた臀部にゆっくりと顔を伏せる。ものも言えずにただ顔面蒼白で見下ろすしかない城之内を視界に収めたまま、海馬にしか見えない金色の尾に歯を立てた。
「――――ッ!!
 白く反る喉から絞り出された音は声にならず、代わりに海馬に食まれたままの尾がぶるりと震えて快感を叫ぶ。歯で柔らかく噛み締め、毛の流れを舌で辿り、絡んだ唾液をじゅうと音を立てて吸い上げる。腰に添えた手は支えるだけで、尾以外には一切刺激を与えない。
 しばらく声にならない喘ぎと、尾を食む水音だけが寝室を満たす。徐々に尾が抵抗を失いくたりとしおれたところでようやく海馬は顔を上げた。
「ぁ……」
「随分とよさそうだな」
 唾液を含んで重く垂れ下がる尾に反し、腹に着くほど反り返る城之内の雄を揶揄するが、城之内は肩で息をするばかりで答えない。労わるように尾を撫でながら身を乗り上げ、海馬は薄く開かれたままの城之内の唇を舌で割り、そのまま唾液を流し込んで貪る。弱く押し返す城之内の舌を吸い上げれば、視界の端では獣の耳がぴくんと跳ねた。
「は……かい、ば……」
 茫とした瞳が焦点を結んだことを認め、海馬は唇を離す。城之内の下肢がもぞもぞと動いてねだっていることに気づくが、無視して手中の尾を軽く撫でた。
「ん……な、これ……何……」
「――やはり貴様には見えんのか」
 城之内の視線は海馬の手元をさまようばかりで金の尾に重ならない。海馬にしか見えず、しかし感覚は城之内自身のものなのだ。得体は知れないがこれほど面白いものもそうあるまい。
「喜べ、城之内」
 ならばと海馬は尾に口づけた。そろそろ飼い犬を躾け直さなければならないと思っていたところだ。
「俺だけが与えられる快感を貴様に教えてやろう」


「犬耳と尻尾って……んだよそれ……」
「俺には触れることができる、貴様には触られた感覚もある。一晩かけて思い知っただろう」
 シーツに腹ばいになったまま海馬を見上げ、うううと低く唸る城之内はまさに犬だった。犬の耳は伏せがちで、散々可愛がってやった尾はぺたりと尻の間に落ちている。
 しかし一応人間なので、海馬の差し出したミネラルウォーターのペットボトルは前足で受け取り自分でキャップを捻っていた。そのままスポーツドリンクのCMもかくやの勢いで音を立てて飲み干し、じろりとした視線とともに空になったボトルを返してくる。
「だからってなあ! 尻尾だけでとか……」
「気持ちよかっただろう? 俺にしか見えん、俺だけが与えられる感覚に啼く姿はなかなか…」
「うっせー馬鹿死ね!」
 一気に赤く染まった頬を隠すように城之内は吼え、ばさりとシーツを跳ね上げて潜り込んだ。ついでに海馬に背を向けるが、耳と尾は触れられない限り感覚がないのかシーツから丸々はみ出している。
 さすがに今晩は弄り過ぎた自覚はある。何せ本人には見えない何かだけを攻め立てて極めさせ、泣いてねだるまでに追い込んだのだ。城之内のこんな痴態は滅多に見れるものではなくこのまま夜が明けるまで可愛がりたいところだが、後々の面倒を考えるとこれ以上手を出すのは止めておくべきだろう。
 しかしどうしてもこれだけは言いたい。海馬はひっそりと笑んで、不機嫌な背中に声をかける。
「城之内」
「喋んな死ね」
「尾が揺れているぞ」
 はたはたと忙しくなく揺れていた金色の尾がぴたりと静止する。左右に揺れる尾の意味を考えていたのか数秒の間を置き、やがて海馬の顔面には「死ね!!」の声とともに勢いよく枕が飛び込んでくることになる。