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あなたの長いゆびがすき

 すきですとただ一言。声はとろりとしてどうにも舌足らず。
 相手の顔を見やれば案の定、赤く染まった頬とふらふら傾いでは揺れる亜麻色の髪の一房に、危うい手つきで杯を抱える姿がある。ただ、何もかもが覚束ない中自分を見つめる視線だけは蕩けながらも揺るがない。
 アルフレッドは逡巡する。対するガンスロッドの手中の杯は自分が注いだ酒に満たされていて、つまり酌の相手にと誘いまんまと酔わせたのはアルフレッド自身であり思惑通りの結果である。しかし酩酊に巻き込んで吐き出される言葉は果たして真実なのか。そもそもそのように口にさせること自体何かが違うのではないか。ここまで出来上がらせておいて躊躇うのも卑怯だと知りつつ、踏ん切りのつかないままにアルフレッドは問うた。
「……何がだ?」
 卑怯。滑稽。思い切りの悪い真似をと自覚しながらアルフレッドはガンスロッドの顔を覗き込む。
 ガンスロッドもまたアルフレッドの顔をまじまじと覗き込む。平生さり気なくそらされる菫の瞳がまっすぐに返されるくすぐったさと、これは酔いゆえのものでガンスロッドの本意ではないのだという罪悪感に逃げの気持ちが生まれる。しかし甘やかにとけた視線はそんな脆弱な思考を許さない。
「すき、なんです」
 林檎のように紅く熟れた頬に微笑を乗せてガンスロッドはまた呟く。ことりとガンスロッドが杯を置く音に揺れる心情が重なる。剣を振るう騎士にあらざる繊細な指がついと伸びて、アルフレッドのそれに絡んだ。あのガンスロッドが自ら触れてきたことに眩暈さえ覚え、またちくりと刺さった。
 酒精に浮かされたガンスロッドは絡めたアルフレッドの手をそっと、宝物を抱く子どもの姿で抱えて紅い頬を寄せる。手の甲に重なる熱にこそアルフレッドは酩酊する。
「あなたの、ゆび」
 みなを守るこのゆびが。わたしの頬を、頭をなでてくれる、この手が。
 そう続けてはにかむ。
 きっと今のガンスロッドは、彼がどこか過去に置き去りにしてきた彼自身なのだ。ふっと思い至り、アルフレッドは改めて眼前の青年を見下ろした。ハーフエルフという身の上ゆえ、数々の痛みを背負ってきた青年。
 今、自分はどんな顔をしているのか。アルフレッドを見つめるガンスロッドは窺うように小首を傾げた。亜麻色の髪が滑って、先まで赤く染まった長い耳がそろりと覗いた。
「アルフレッドさま?」
 こんなときばかり素直に名前を呼ぶ。舌足らずな声もあどけない姿も砂糖菓子のよう。甘さで惹きつけてやまない、きらきらとした、触れれば崩れてしまいそうな姿。壊してしまわないようにそうっと、アルフレッドは己の手を取り戻す。菫の瞳が縋り翳るよりも先にその手を柔らかく滑らせる。指先が頬に触れた瞬間、ぴくりと震えたガンスロッドは綻んで崩れる。
 常ならば決して口にしない言葉と素直に零れる笑顔。酔いに絡めて引き出したのは卑怯だと思うが、今のガンスロッドは普段隠されている真実に相違ない。確信する。
 今、この時のことを、酔いから醒めたガンスロッドが覚えているかどうかはその時になってみなければ分からない。それでもアルフレッドはガンスロッドの頬を両手で挟みこむ。
「私も、好きだよ」
 微笑んで引き寄せる。重ねた唇をガンスロッドは覚えているだろうか、覚えていなくてもいい。酒精の力を借りずとも、いつかまた今日のガンスロッドを見つけてみせる。
 アルフレッドのひそかな決意などつゆ知らず、ガンスロッドはくすぐったそうに目を細めて落とされる唇を受け止めていた。