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俺以外見るんじゃねぇ

「牙連崩襲顎!」
「烈穿双撃破ッ!」
「ってオオィ!?
 目の前で繰り広げられる奥義の応酬に、ガイは思わず声をあげた。同じ師に学んだ同じ顔の少年たちの同じかたちの耳に声は届かなかったようで、距離をとって対峙している。片方はいつもより眉間の皺を深くして、もう片方は泣きそうに目を潤ませて、お互いがお互いを睨めつけていた。
「ちょっとぉ、どしたのコレ?」
「なにかあったの?」
「俺が聞きたい、俺がっ」
 目を丸くするアニスと首を傾げるティア、近付いてきた二人からさりげなく離れつつガイは呻く。
 二人とも先ほどまでこの屑屑っていうなでこっぱちなんだとこの劣化野郎ホントのことだろアッシュのハゲ、などといつもの如く下らないやり取りをしていたのだ。それが奥義の応酬にまで発展したとなればアホとしか言いようがない。
「おいお前ら」
「アァイシクルレイン!」
「俺の話を」
「守護氷槍陣ッ!」
「……聞けよ」
 くはぁー、と額を押さえる。二人とも馬鹿だ。アッシュはよくルークに向かって馬鹿だのボケだの屑だのグズだのと罵詈雑言を浴びせかけ、そのたびに卑屈度100%なルークは「俺が劣化レプリカだから……」などと言って落ち込むが、それはルークが劣化レプリカだからではなく、オリジナルのアッシュが馬鹿でボケで屑でグズだからではなかろうかとガイは思う。少なくとも『ボケ』に関しては「アッシュはボケ担当」というアニスのお墨付きだ。
 まぁ! と背後から声が上がった。馬鹿二人とガイの幼なじみの声だ。ガイが振り向くと案の定、腰に手を当てたナタリアが立っていた。
「不甲斐ないですわよガイ。早く二人をお止めなさい!」
「無理無理、あいつら聞こえてないんだぜこっちの声」
「これだけ離れていては、声が聞こえないのも当然ですわ」
 などと言われ、未だ奥義の応酬を続ける二人にガイは目をやる。前方50m。確かに遠いが、これ以上近付けば巻添えを食らいかねない。何が原因でこうなったのかは知らないが、ルークとアッシュの様子からするとそのうちレイディアント・ハウルとか絞牙鳴衝斬とか出そうだ。奥義までなら根性でなんとか受けられるかもしれないが、秘奥義は勘弁被りたい。
 煮え切らない様子のガイに憤り、ナタリアはずんずんと赤毛の幼なじみたちに歩み寄っていく。危ないよぅナタリアというアニスの声は届いていないのか無視なのか。
「二人とも、」
「魔王絶炎煌ぉッ!」
「馬鹿なことはお止めに」
「紅蓮襲撃ッ!」
 ルークの放った魔王絶炎煌により発生した音素の場を利用し、アッシュの崩襲脚が紅蓮襲撃へと変化。凄まじい炎が上がり火の粉が舞い散り、近付いたナタリアに降り注いだ。事の成り行きを見守っていたガイたちはぎょっと目を見開く。
「お、おいナタリア!」
「だっ、だいじょぶ?」
「…………」
 ルークとアッシュは外野の様子に気付かず一進一退の攻防戦を続け、ナタリアはものも言わずに火の粉を払う。ガイからはその背中しか見えず、どんな表情をしているかは見えなかった。
 が、ナタリアはおもむろに背に負った矢筒から矢を数本取り出だすと、すかさず天に向かってつがえ、
「エンブレススター!」
「ってオイ!」
「ぅあッ!?
「ぐっ!?
 放たれた矢はルークとアッシュの頭上に降り注ぎ、ようやく馬鹿な諍いを止めるに至った――が、ちょっと乱暴なんじゃないだろうか。ツッコミを入れるのにも疲れてきて、ガイはガクリと力なく肩を落とす。落ちた肩の向こうで、朗らかな笑い声が上がった。今まで黙って傍観していたジェイドだ。
「ようやく収まりましたねぇ」
「あんたなぁ……」
「まったく、二人とも何をなさっていますの!」
 疲れを増長させるようなジェイドは無視することにして、ようやく安全圏に戻った馬鹿二人のほうに歩み寄る。ナタリアが細い肩を怒らせ、バツが悪そうに肩を並べ、向き合う幼なじみに説教を食らわせ始めた。
「仮にも我がキムラスカ・ランバルディア王国、王族に縁ある者が、このような愚かな振る舞いをなさるなんて!」
「い、いや、ナタリア……」
「アッシュ! 今は六神将に身を置いていらっしゃったとしても、貴方にはまだ王族としての気高い心があると私思っていましたのよ?」
 ナタリアの剣幕に押され、アッシュはしどろもどろと答える。その様子を見たルークは、潤ませていた瞳からぼろりと涙を零した。気付いてぎょっと目を見開く隣のアッシュに顔を向け、ぼろぼろ泣きながらルークが声を張り上げる。
「やっぱそうじゃん! バカ、アッシュのバカ! ハゲ!」
「これは違うだろうが屑! あとハゲは関係ねぇだろ!」
「おいおいおいおい、なんだってんだ?」
 言い争いが始まりそうな雰囲気を察し、ガイは二人の間に割って入った。途端ルークが抱きついてくる。
「おわっ!?
「ガーイー! アッシュが、アッシュのハゲが――」
「いいからちょっと落ち着けルーク、なっ?」

 いちいち「ハゲじゃねぇ!」と叫ぶアッシュは放っておくことにして、昔からそうしてきたようにガイはルークの頭に手を載せ、子供をあやすように数度叩いた。ひっくひっくとしゃくりあげながら、涙と鼻水にまみれた顔でルークが見上げてくる。
 ああ畜生なんだってコイツはこんなに可愛いんだろう、と苦笑した途端、もうそれだけで人を殺せそうなほどの殺意の視線が背に突き刺さってきた。そして追い討ちをかけるように、腹黒い導師守護役と根性の曲がった死霊使いの声がガイの耳に届く。
「……今、ぜぇーったい役得だとか思ってましたよね、あの表情」
「そうですねぇ。目尻が下がると言うか、鼻の下が伸びると言うか」
「……ッテメェ! 人のこと言えねぇじゃねぇか、この屑!」
 アニスとジェイドの囁き声を耳にし、殺意の視線の主はルークを睨みつける。嫌な汗を額に浮かべて硬直したままのガイに依然抱きつきながら、ルークもアッシュを睨み返した。
「これはちがう! アッシュのはそうじゃん!」
「なんだと――……」
「ちょっともう、二人ともいい加減にして」
 額を押さえて発せられたどこか抗いがたさ漂う低い声が、不毛なやり取りをぴしゃりと遮った。「ティアの言うとおりですわ」とナタリアは頷いてアッシュを軽く睨み、今まで黙っていたティアは心底呆れかえった様子でルークに近付き取り出したハンカチで涙と鼻水を拭いてやる。ガイに抱きつき大人しくティアに涙と鼻水を拭かれているルークの姿は、中身どおりまんま七歳児だ。
「もう……いったいどうしてこんなことになったの?」
「……だってアッシュが」
 俯いてぼそりとルークが呟く。
「いっつも俺には屑とか馬鹿とかばっかりいうけど、ナタリアには優しいから……」
「テメェこそガイやらヴァンの妹やらの言うことは大人しく聞くじゃねぇか」
「あー……なんか先見えたぁー……」
 嫌そうにアニスが呻く。その隣にいたはずのジェイドは、聞くに堪えないといった様子でひとり先を歩んでいた。
 ティアはハンカチをしまいながら、溜め息とともに言葉を吐き出す。
「そんなことで……」
「本当にな……」
「まったくですわ」
 立て続けに言われ、ルークは「そんなことっていうな!」と憤慨する。さすがにアッシュはそのようなことは口にせず、もう一生取れないのではないかと心配になるほど深く眉間に皺を寄せ、
「レプリカ」
「なんだよっ」
「お前は俺だけ見てりゃいいんだよ」
「お前こそ――……!」

(表題)
    2006.4.3(好き過ぎる7のお題)