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どうやら、君には依存性があるらしい

 屋敷にいたころは、何も知らなかったころは、ヴァンと自分だった。
 誘拐されて以来――尤も実際は誘拐ではなかったし、それ以前に『死』を預言されていた息子への態度はどこか歪だったが――不自然な距離で接していたファブレ公爵や奥方様になどよりずっと懐いてきていた。特にヴァンには妄信しきっていて。
 なににつけてもヴァン師匠、ヴァン師匠。ヴァン師匠がヴァン師匠でヴァン師匠だからヴァン師匠だった。
 そうであるようにヴァン自身が仕向けてきたのもあるだろう、あいつの中心は自分自身よりもヴァンだった。あいつの世界全ての中心といってもいいほどに。

 裏切られたと知っても尚、師匠と呼び続けていた。

 そして歪んだあいつの世界を、あいつそのものを砕いたのは。

「おやルーク。こんな時間にどちらへ?」
「うっ……ジェ、ジェイド……」
 薄暗がりから響く声に、ルークがギクリと足を止めた。歩み寄る声の主――ジェイドの機嫌を窺うように、上目遣いで口を開く。
「ち、ちょっとその辺まで……」
「散歩ですか?」
「そうそうっ」
 特徴的な赤い襟足をひよひよと揺らして首を縦に振る。どう見ても隠しきれていない嘘に溜め息を落とし、ジェイドは眼鏡を中指で押し上げる。朧な月明かりにも紅い瞳は映えた。うう、と呻いて気圧されたのかルークが後退した。影がゆらりと動く。
「いけませんねぇ……嘘をつくような悪い子にはお仕置きが必要ですか?」
 相変わらず趣味が悪いことを言う。
 ジェイドの声と目に本気を感じ取ったらしいルークは、それでもしばし戸惑った後、観念して、
「……アッシュが呼んでる。近くに来てるから出て来いって」
「アッシュがねぇ」
 ――どうせそうだろうと思った。
「彼も勝手な人ですねぇ。都合のいいときにほいほい呼び出して、あちらの事情は一切話さない」
「そんな言い方するなよジェイド。……そりゃ、自分勝手で偉そうなヤツだけど」
 悪態をつきながらも、庇う言葉が先に来る。
 あいつの世界を、あいつそのものを砕いたアッシュを。
 悪いヤツじゃないのジェイドだって知ってるだろ、と続く言葉に、そうですねぇ、と返す声。月光に照らされる町並みを窓越しに見下ろしながら、ジェイドは再び溜め息混じりに口を開いた。
「ま、いいでしょう。朝までには帰ってきてくださいよ」
「いいのか?」
「止めても聞かないでしょう、あなたは。なら止めるだけ無駄です」
 ぱちぱちと瞬かせていた目を、ジェイドの言葉で笑みのかたちに細める。喜びの様子を隠しもせず、ルークはありがとうとひとこと言い置いてくるりと背を向けた。
 こちらの気も知らないで。いや、当然ルークはこちらに気付いていないし、気付かれていても少々困るが。心なしかルークのコートの背に描かれた謎のマスコットに笑われているような気がする。
 そしてこちらを嘲笑っているように見えるマスコットごと、ルークの背中は薄暗い階段に消えた。とんとんとんと、軽やかな足音が階下に降りていく。
 音が聞こえなくなって、暫し。
「……で、いつまでそうしてるんですか、ガイ?」
 やれやれと目を伏せながら、自分が身を潜めていた扉の陰をジェイドが振り返った。鈍いルークと違って、やはり気付いていたらしい。だからコイツは悪趣味なんだ。嫌々ながら廊下に出て行く。
「ったく、いつから気付いてたんだ?」
「そうですねぇ、ルークがこっそり部屋から出て行くのをあなたが黙って見送っていた辺りからでしたか」
「……殆ど最初からじゃないか」
 同じ宿の部屋で3人寝泊りしていたのだから、見られていたのも当然といえば当然だが。がっくりと肩を落とす。本当に悪趣味で、食えないオッサンだ。気落ちしたまま、トーンすらも落ちた声で呻くように追及してみる。
「大体、どうしてルークを止めなかった? アンタなら適当に言いくるめられただろ?」
「決まってるじゃないですか、そんなの――」
 中指で眼鏡を押し上げ、心底楽しそうに、朗らかに言い放つ。
「ガイの反応がおもしろいからです」
「……悪趣味」
「褒め言葉として受け取っておきますよ」
 やたらと疲れる。零れるままに溜め息を吐いた。
「……なんであいつ、あんなにアッシュに懐いてるんだ?」
「アッシュの髪が親鳥のトサカっぽいからじゃないですか?」
「……。なんでだろうなぁ…」

(きっとアッシュが、ルークの世界をすっかり変えてしまったのも一因なのだろうが)





 ――そして、いつの間に。





「……みんなは急いで脱出してくれ。俺はここで、ローレライを解き放つ」
「ルーク!」
 ティアが痛ましい声で名前を呼んだ。けれどもう、ルークの決意は変えようがない。
 レムの塔からずっと様子がおかしかった。あいつの嘘なんて、嘘とも呼べないほど拙くて、それでも必死に自分たちに隠し通そうとしていた行く末。避けようもなく、現実になろうとしている。
 きっとルークの中心は、既にアッシュですらないんだろう。

 ――なぁルーク、いつの間に、

「さくっと戻って来いよ」

 ――お前の中心は、『世界』になってたんだ?

「このまま消えるなんて許さないからな」





 だってお前はたった七年しか生きてないんだ。
 七年の間一度も自分を中心に生きたことがないなんて、そんなのおかしいだろうが。





「帰ってきたら心の友に隠し事をするような根性、矯正してやるよ」
    2006.3.23(好き過ぎる7のお題)