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人は必ずしも外見と内面が一致するものではないのだ

「はぁーいっ、剣介さぁーん」
 薄暗く月光に照らされた武道場に不似合いな、陽気な声。
 隻眼で木枠に囲まれた窓を見やれば、見慣れた笑顔がこちらを覗いていた。
「おひま? 俺と一緒に夜の散歩と洒落込まない?」
 ちょっと遺跡まで、化人狩り兼ねて。
 にこにこと笑いながら、アサルトベストに暗視ゴーグルを身につけた葉佩は銃を担ぎ直した。


「……今宵は拙者だけか?」
 肩を並べて遺跡内を歩きながら、真理野が声を発する。天井が高いため、存外と声が響いた。
「あぁ、うん。依頼こなすだけだから」
 相変わらずの笑顔。
 確かに葉佩は新しいエリアに進もうとせず、今まで何度か足を踏み入れたところばかりを進んでいる。
 けれど。
 真理野は足を止めた。
 今日は違うのだ。常とは決定的に。
「剣介?」
 唐突に足を止めた真理野を訝しんで、葉佩も足を止めた。振り向く。目が合う。……訝しんでいるのはこちらだ。
 常との相違点其の一。葉佩の笑顔が違う。何処が如何、と訊ねられれば返事に窮するが。
 其の二。明確且つ決定的な相違点――。
「九龍」
「なに」
「皆守は如何した」
 葉佩の瞳孔がきゅうとすぼまる。常の笑みが掻き消え、途端辺りの空気が冷えた。
 次いで葉佩の身が僅かにぶれ、
 耳元で空が切り裂かれる異音。後方で断末魔の悲鳴。
 立ち込める――硝煙の匂い。
 瞬きひとつぶん遅れて、9mmパラベラム弾に裂かれた真理野の白銀の髪がはらりと舞った。薄暗い遺跡内で、やけに目に付く。
「……大丈夫だったか? 後ろから化人が狙ってたから」
「そ、そうか……すまんな」
 再び常の笑顔を貼り付けた葉佩が、銃を担ぎ直す。常の笑顔だが、言外に『別に今のは口封じを狙ってたわけじゃないぞ☆』という気配を漂わせている。
 ここで挫けてはいけない。……命懸けだが。
「……皆守は」
「なんでそこで甲太郎が出てくるわけ……二人きりのときに他の男の名前を口に出すのはマナー違反だぞ」
「茶化すな。九龍」
 それこそ真理野が葉佩と二人きりで遺跡に入るのは、今日が始めてだ。
 というより、基本的に葉佩は誰かと二人きりで遺跡に入るということはしない。二人連れて三人で入る。が、例外もある。
 真理野の知る限り――皆守だ。
 真理野が声をかけられて遺跡に入るとき、葉佩の傍らには大抵皆守がいた。
 誰が見ても明らかだろう。葉佩の特別は皆守なのだ。
 その皆守がおらず、葉佩の様子が常と違う。ならば。
「喧嘩でもしたか」
 うっ、という微かな呻き声を聞き逃す真理野ではない。
 じっと視線を注ぐと、子供のように――自分も含めて高校生は一応『子供』の範疇に含まれるのだが――上目遣いで睨みつけてきた。それでも視線を注ぎ続けると、渋々といった様子で葉佩は口を開いた。
「……ケンカってほどじゃない。ささいな口論」
「…………それで」
 真理野の口から、長い溜め息が漏れた。
「拙者は皆守の代わりという訳か」
「違う。剣介は剣介で、甲太郎は甲太郎だ」
「ならば如何して今宵は皆守を連れていない?」
 うーうーという意味不明の声が葉佩の口から漏れる。うろうろと視線が遺跡内を彷徨い、やがて足元に落ち着いた。
 何故か、怒るなよ、と前置いて。
「……剣介はじじくさいから」
「…………何?」
「違うってだからじじくさいから人生経験多そうだってこと!」
 真理野の低い声に葉佩は視線を上げた。だから、
「こう……アドバイス、とか……」
「……」
「そんな白い目で見るなよー! 俺今まであちこち転々としてて友達とかあんまいなかったから、こーゆーときどうすればいいのかわかんねぇの!」
 最後は半ば叫ぶように。
 真理野はしばし無言だったが、唐突に声を殺して笑い始めた。
「ちょっ、笑うなよ! 剣介さんてば感じワルッ!」
「いや……すまん……」
 子供であり、そのように振舞いながら中身は子供を通り越している。真理野は葉佩のことをそう認識していた。葉佩は駆け出しとはいえ、立派なトレジャー・ハンターなのだ。
 しかし、認識と実際は逆だったらしい。いや、文字通り子供を通り越してしまって、今まさにその時分を取り返しているのか。
 いずれにせよ――可愛らしいものだ。
「拙者もそう友人が多いほうではないがな、九龍」
「知ってる」
「…………」
「ごめッ、冗談だって!」
 無言で背を向け歩き出す真理野の背に、葉佩が慌てて追い縋る。
「……まぁいい。それで他人はともかく皆守なら――先刻拙者に告げたことをそのまま伝えればよいと思うぞ」
「……本当に」
「ああ」
 何せ葉佩を気に入っているという点で、真理野と皆守は同じなのだ。
 ならば皆守も、真理野と同じように葉佩のことを考えるだろう。
「ほら九龍。先に進むぞ」
 依頼を済ませて皆守に会いに行くんだろう? と葉佩の頭に手を乗せる。子供扱いするなよと葉佩は喚くが、今更遅かった。
 これの内側がどんなものか、少しとはいえ知ってしまったので。