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Wish of Holy Night

「……シキ、寒くないか?」
 腰を屈め、アキラはシキの耳元に囁いた。いつも通り返事はなかったが、少しずれていたシキの膝掛けを掛け直す。
 暖房器具のない家なので、室内といえども少し肌寒い。それはまだいいのだが、電気も通っていないのには少々辟易した。棚の中から蝋燭が見つかっただけまだマシだが、次にねぐらを探すときにはもっと気を払わなければ。
「明日には移動しような…もうちょっと、暖かそうなとこに」
 ゆらゆらと揺れる燭光を見つめながら、なおも物言わぬシキに語りかける。
 不意に、ふたりきりの静かな室内に声が届いた。一瞬追っ手かとも思ったが、声は遠く窓の外から聞こえるうえ、明るく弾んだ――子供の声だった。
 好奇心に負けたアキラは窓辺へと歩み寄り、ぴったりと閉ざされたカーテンを細く開ける。途端に視界に飛び込む、雪の白。
 次いで窓の下を通る、親子連れらしき人影。楽しそうに笑顔を浮かべる子供は、カラフルな包装のなされた包みを抱えている。
「あ……」
 そういえば、今日は。
「クリスマス、だったか」
 ここに来る途中の町の光景を思い出す。人気のない道を選んで通ってきたが、町のそこかしこでツリーやリースを見たような気がする。逃亡生活を続けているせいか、月日の感覚が曖昧になっているらしい。
 もっとも逃亡生活送る自分たちに、季節のイベントなど関係ないような気もするが。
 アキラは苦笑しながら振り返り、シキの車椅子の前にしゃがみ込んだ。
「クリスマス、だけど。シキはなんか欲しいものとかあるか?」
 返事はない。
 だがもし、シキが答えてくれるなら。何を望むだろうか。
 望むものをシキが手に入れられたら――シキは帰ってくるだろうか。
(俺には……シキが何を望むかなんて、想像もつかない)
 生きる目的だろうか。だとすれば――nとの再戦ということになるのか。それは違う気がする。もともと他人とあまり関わらずに生きてきたアキラには、他人の考えを想像することは酷く難しかった。
 いや、元来想像力が貧困なのかもしれない。自分が生きていくうえの望みですらわからなかったぐらいだ。
(ああ、でも――)
 それはトシマに行く前、日々Bl@sterに明け暮れていた頃の話だ。
 トシマで生きて、イグラで命を懸けて、シキに出会った、今なら。
 力なく垂れ下がったシキの手を握り、動くことのない膝の上に額を預ける。なにかに祈っているようにも見える姿勢で、アキラは呟いた。
「俺は……アンタに帰ってきて欲しい」
 すぐに、なんて言わないから。
 いつかきっと、必ず。
「そのときまでは、ずっと傍にいるから」
 この手を握り返して、声を聞かせてくれる日を――
    (Merry Christmas for ...)
    2005.12.26