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湖底の石

 つまらないつまらないつまらない。
 がくがくと揺さぶられながら、アキラはずっとそんなことを考えていた。もっとも、つまらないことなど承知でこの行為に身を墜としているのだが。
 アキラを満たすことができるのは、この世でたった一人だけだ。
 なんの熱も伴わない目で、自分を揺さぶり続ける男を見やる。アキラの『餌』になったことにも、この後自分の命がなくなることにも気付いているだろう男は、アキラの視線には気付かない。捕らわれた感覚に理性と感情を引き摺られ、恐怖すら磨耗しているらしい。
 アキラはというと全く逆で、感情と感覚が切り離されてしまっている。酷く冷めているのに与えられる快感だけは享受していて、蕩けるような笑みを浮かべて嬌声を上げ続けていた。だから、男がアキラの視線の温度に気付かないのも仕方のないことだといえる。
 それにしても、こうもつまらないと困ったことになる。感情が冷えに冷えて、辿りついてはいけない思考へと足を向けてしまうのだ。
 まるで陽の当たる湖に身を沈めるように。始めは微温い水が身体に纏わりつくのだが、潜れば潜るほど水温は下がり、冷たい水が剥き出しの肌を刺してくる。最後には、氷のように冷たい湖底の石に足が触れるのだ。
 例えば、自分は今なにをしているのか。今までなにをしていたのか――
「んっ、あっ……!」
 体の奥に熱い飛沫が叩きつけられ、同時にアキラも張り詰めていた自身を解放する。中のモノが引き抜かれた後も感覚に支配されうっとりと目を細めていたが、感情に支配された内心は冷め切っていた。
 この程度の熱では、冷えた思考は止まらない。止めなければ。考えてはいけない――
 更なる熱をねだろうとアキラが顔を男へと向ける。
 その頬に、熱い水が散った。
 白く濁った水ではなく、鮮やかに紅く鉄臭い水。ほんの先ほどまで自分の体を貪っていた男の喉から刃が突き出していて、赤い水はそこから噴き出している。
 アキラは笑みを浮かべた。感情を添わせて、花が開くように、ふわりと。
 血糊を払った刀を鞘に収め、もう動かない男を足で退かしながら近付く黒衣の男に向け、返り血に塗れた手を伸ばす。
「シキ」
 この世でたった一人自分を満たしてくれる男は、湖底の石より尚冷たい、氷そのもののような笑みを口の端に浮かべた。紅く汚れたアキラの腕を躊躇なく掴み、立ち上がらせる。そのまま足元のおぼつかないアキラを引きずるように歩き出す。
 革の手袋越しに伝わるシキの熱に、アキラはただ微笑んだ。シキの体温は彼の笑みと同じくらい冷たかったが、アキラの太腿を伝う白濁などとは比べものにならない熱をくれるはずだ。身を焦がすほどの、身を焼き切るほどの、熱を。そうすれば誤った思考など忘れてしまえる。
 自分の全てはシキのものだ。体も表情も感覚も感情も思考も。だから全てシキで満たされていればいい。他のものは暇潰し以上になりえない。
 だから早く忘れてしまおう。取り戻しかけた過去の自分など、もう必要ないのだから。
    (もうとうの昔に放り捨ててしまった、湖底の石)
    2005.12.23