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胡蝶の夢

 レイが、戦争で、死んだ。


(そんなわけないじゃん)

「シン」

(だって、レイだぞ)

「シン、起きろ」

(あるわけないじゃん、馬鹿らしい)

「シン、起きろといっている」


 ぱちりと目を開く。視界は金色。
「……起きたか」
「……おはよ、レイ」
 呆れかえったレイに挨拶で返すと、レイは上体を起こした。枕元、ベッドに腰掛けて寝顔を覗き込んでいたために乱れた金髪を手櫛で軽く直す。
 上体を起こす。下半身を包んだままのシーツを握る。存外強い力で握ってしまったらしく、手を放すと皺が寄っていた。
「変な夢見たんだ」
「なんだ? アスラン・ザラが禿にでもなった夢か?」
 戦争が終わってから、レイはだんだん人間らしくなってきた。人間らしくも何も元からレイは人間だけれど、人間味というか、俗っぽくというか。今みたいなバカも稀に口を突いて出る。
「あの人は元からハゲだろ。ちなみに議長の髪がワカメになった夢でもないからな」
「そういえばそうだったな。ならどんな夢だ?」
 もういちどシーツを握る。夢の話なのに、妙に力が篭る。今度は自覚があった。
「レイが、戦争で、死ぬ夢」
 おかしいよな、とレイを見上げると頭を撫でられた。そうだな、と返される。
「もう戦争は終わったし、俺はこうして生きているからな」
「……なんで頭撫でるんだよ」
「お前が泣きそうな顔をしているから」
「マジで」
 慌てて目元を擦ってみた。濡れた感触はないから、まだ泣いてはいないらしい。ちょっとだけほっとする。夢を見て泣くなんて、あんまりにもガキっぽい。
「……俺が死ぬのが怖いか?」
「当たり前だろ」
「独りになるのが怖いんじゃないのか?」
「……ひとり?」
 どっちが怖い? どっちも怖い。
「後者だというなら安心しろ。俺が死んでもお前は独りじゃない」
「ッ誰もそんなこといってな――……!」
「いいから布団から出て来い。朝飯が冷める」

 それに、所詮夢の話だろう?





(そうだな)

「シン」

(所詮夢だ。ただの)

「シン、起きて」

(レイは死んでないし、ちゃんとここにいる)

「シン、起きなさいってば!」


 ぱちりと目を開く。視界には天井。
「もう、あとちょっとで出撃よ?」
「……ルナマリア」
 視線を横に移すと、ルナマリアが腰に手を当てて立っていた。向こうには窓からモビルスーツデッキを見下ろすレイも見える。二人ともパイロットスーツを着込んでいて、俺も同じ格好をしている。
 仰向けに転がっていた待機室のソファから身を起こす。
「変な夢を見たんだ」
「夢? どんな?」
 ちらりとレイに視線を向けると、レイもこちらを見ていた。蒼い瞳を見つめたまま、口を開く。


「レイが死ぬ夢を見た夢」
    哀れ、胡蝶の夢。
    2006.3.22