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意気地なしの傲慢

    2016/12/13(privatter) x 2016.12.29 up

 今のカルナは、普段の涼やかさとはほど遠い。
 膝に乗せて向かい合わせた姿勢だとよくわかった。朱を引いた目元を更に赤く濡らし、蝋のように白い頬をも上気させている。その赤は白い濁りに覆われていた。ジークフリートが吐き出した精が張りついてうすく乾き始めている。
 随分長い時間、行為に及んでいるらしい。思わず苦笑とも自嘲ともとれない笑みがこぼれる。途端、目の前のかおがきゅっと眉根を寄せて歪んだ。ほろりと、赤く染まった目尻を伝い雫がこぼれる。同時にジークフリートの肉棒を咥え込んでいるうちがわもきゅうと締まり、切なく声を上げた。
「ぁ、ジー、ク、フリート」
 震えている。平生強い意思を宿し凛と響く声が、かわいそうなほどに揺れていた。
 そのことに昏いよろこびを覚える。きっと今のカルナは気づかないだろう、それでも知られたくはなく、ごまかすように頬を滑る雫を舐め取った。舌先を刺す塩辛さに罪を覚えるが、清らかな雫を汚す精のえぐみはやはりよろこびでしかない。
 舌先が触れるだけで、カルナは声ばかりでなく身体のすべてを大げさなほどに震わせた。薄く開かれた唇からことばを漏らすほどに。
「ぅ、ご……」
「ん?」
 途切れ、消え入る声が何を言いたいのかはわかっている。それでもジークフリートは先を促す。
 ああ、と苦しそうな声が漏れた。あるいはカルナが最後に残した嘆きだったかもしれない。彼の常の強さを孕み、けれども酷なほどに甘くとろけたたったの三音。
「うご、け」
 それの意味するところを正しく理解し、ジークフリートはカルナの腰を掴んだ。汗に濡れた細いそれを、壊れそうなほどに強く突き上げる。やわらかいうちがわの肉を、猛った雄で蹂躙する。掠れた悲鳴が上がる。
「んああっ!」
「……こうか?」
 悪逆は一度だけ。ジークフリートは動きを止め、かたちばかり優しくカルナの腰を撫で上げた。
 ふるりと震える。カルナは美しい銀の髪を乱し、左右に首を振っていた。濡れた翠のひとみからぽろぽろと雫がまろび落ちる。常であれば絶対に見られない、どこか幼い姿がジークフリートの中の邪竜を呼ぶ。
「あっ……ち、ちが」
「違うのか」
 わかっていて、ジークフリートはカルナの腰を持ち上げた。震えるカルナのうちがわの襞が引き留めるようにきゅうと吸いついてくる。身体は雄弁なのにことばが追いつかないカルナは、少しずつ抜けていくジークフリートの雄に「ぁ、ぁ……!」と微かに声を上げるだけだ。怯えたように己の下肢を見下ろし、身を捩るが、長い性交によって脱力したカルナの肉体は甘くむずがるだけだった。
 うちがわに引き込む動きをするカルナを振り切って、ジークフリートは肉棒を引き抜いた。少し前に吐き出した精液がとろりと中から漏れる。カルナの腰が跳ねる。切なさに揺れる薄い尻のあわいに、ジークフリートは引き抜いたばかりの雄を押し当てた。散々に蹂躙されたカルナの後孔は先端が触れればひくつき、どうにか抜けてしまった肉を食もうとする。その様に笑みを浮かべ、ジークフリートはカルナの耳殻をやわく噛んだ。
「これでいいだろうか」
「ぁ、う……も、……」
 かわいそうなほどに震える姿が、かわいい。どうしても舌に載せられないことばを求めて、カルナはひゅうひゅうと息を吸っている。引き攣けたように震える背中を、ジークフリートは悪竜の慈愛で以て撫で、宥め、苛む。
 竜の腕に囚われた獲物は、気まぐれな愛撫に麻痺してゆく。優しさだと惑い、自らくちのなかへ転がり込んでゆく。動こうとしないジークフリートの雄に、カルナは緩慢な仕草で自ら尻をこすりつけていた。
「も、っ……と」
「……ん?」
 聞こえないふりで、戯れに綻ぶ蕾を突いてやった。きゅんと先端に甘えつき、カルナの背筋が反る。
「んッ! ……ぁ、ほし、……」
 あと少し。見下ろせば、カルナの翠瞳が溶けている。はく、はく、と空気を求める魚のように唇を喘がせ、とろりと甘い唾液をこぼしている。
 ジークフリートは笑みを浮かべ、白い喉元に食いついた。ああ、とまた声が上がり、カルナは末期の声を上げた。
「おまえが、欲しいっ……ジークフリート……!」
 その言葉を、どれほど焦がれたことか。
 カルナの腰を持ち上げる。遊ばせていた肉棒でカルナの後孔を一気に貫いた。
「ああああっ!」
 今まで以上の締めつけで迎えられ、ともすれば持っていかれそうになる。きつく眉根を寄せる。……寄せる理由は、それだけではない。
「ひ、ぅあ、じーく、じーくふりーっ……んん!」
 唇を塞げばただ甘い。カルナの、そして譲られた酒の甘さだ。
 強い魔力を帯びたそれを飲ませた――正しくは、カルナはジークフリートの思惑になど見抜いていただろうから飲んでもらった、だ――のは、行為に及ぶ前だ。カルナを愛撫し、自身の欲を咥えてもらい顔を汚し、それでもゆるす身体を抱いてうちがわにも吐き出して、それからやっと。それだけの時間をかけて、やっと望む言葉を聞くことができた。
 できたけれど、それだけだ。今度こそ自嘲して、ジークフリートはカルナを抱きしめる。合わせた唇、絡み合う舌で聞いたばかりの言葉を押し返す。
 いつかこんな酒精に頼らずとも、彼の意思でこの言葉を口にしてもらえたなら。そうでなければ意味がないのだと。
 空しく甘い行為に今はただ溺れたくて、ジークフリートはそっと目を瞑る。やわく背中に回されるカルナの手だけが救いのような気がした。
    顔を精●で汚して、秘所に肉棒をあてがわれ、薬で快楽に溺れておねだりしているジクカル/診断メーカー

さかしまに見える竜の眼の世界

    2016/12/15(privatter) x 2016.12.29 up

 かは、と掠れた声が漏れる。白く細く筋が浮いた、弓なりにしなる喉から漏れている。
 そのうつくしい曲線を無骨な手が押さえていた。甲に筋をひとつひとつ浮かせて、少しずつ力を込めている。覆い隠してしまうように、閉じ込めてしまうようにと。
「じ、く」
 爪先で掻いたような細い細い声がこぼれた。愁眉を寄せ、うすい空色の瞳を眇めてないている。目尻に浮かぶ水の珠がどうしようもなくいとおしくて、べろりと舌で舐め上げた。同時にぴくりと蹂躙した肢体が跳ねる。手のひらのうちがわで、どくりと血管が脈打った。
 食される寸前の獣のようだ。自分たちは現世において影のような存在ではあるが、瑞々しい命をあたら散らす直前、不可避の死に抗う無益。たべたくてしかたがない。そのうつくしい生き様のさいごを、原初の欲求のままに汚したい。
 衝動のままに、猛る肉棒を秘所に押しつけた。ひくんっと呑み込むような動きをするくせに、押さえた首から上が弱々しくかぶりを振った。その行動の意味するところは、拒絶だ。
「は、やめ、やめろじー……ぐ、ぁ!」
 すべてをゆるし、受け入れる彼が「やめろ」と言う。
 何故だろう。お前の望むことをしろと、オレが与えられる全てを与えると言ったのに。このひとがうそをついたのか、俺に? 身体も心も通わせてきたというのに、今更。
 理不尽にむっとしてひくひくと震える蕾に雄を押しつけ、貫いた。
「ひッ――」
 いつもやわらかく呑み込んで受け入れてくれる肉のうちがわが、襞の一枚一枚がすべて固く閉ざし、拒んでくる。
 無理に押し進めれば声にならない声が悲鳴を上げた。ああ、首か。首を絞めているから、締まっているのか。思い至って手のひらを離せば、急激に流れ込んだ酸素に震えて咳き込み始めた。同時にきゅうきゅうと亀頭を吸い上げてくれる。
 やはり、この人は俺を受け入れてくれるのだ。安堵して微笑み、熱くとろけたうちがわをとんとんと突き上げる。未だに横に振られるつむりは、気持ちよすぎてだめだ、ということだろうか。思うところを口にするのが不得手なこの人らしい。あいらしい。俺の中に、収めておきたい。
 離した首筋をそっとなぞり、爪を立てた。
 ここに輪をかけてしまえばいいだろうか。いいやそれではきっと足りない。ならばここを、貫いてしまえば?  生前の彼が終わりを迎えたように。死後の彼が未だに抱える宿痾のように。永遠に俺のものに、なってくれるだろうか。
 期待に膨らむ欲が、彼の奥の奥までを犯してゆく。触れた指先でいとおしく尊い喉が反り、震えた。やめろ、という声はもう必要ないのに。貴方の不器用な赦しもすべて愛するから、塞ぐことはしないけれど。
 またひとつこぼれた声を噛み砕くように、白い喉に歯を立てた。
 夢からさめたおまえがきっと、おまえの行為にかなしむ。
 薄い皮膚に牙を立て流れる血を啜る悪竜にはもう、拒絶の声は聞こえない。竜の贄はせめてと手を伸ばし、背に広がる翼を撫でて目を閉じた。
    首を絞められながら、秘所に肉棒をあてがわれて抵抗しているジクカル/診断メーカー

キスの作法

    2016/12/21-2017/1/8(privatter) x 2017.1.9 up

 あり得ない話ではあるのだが、もしもサーヴァントのパラメータに「恋愛」があるのなら恐らく自分とカルナの数値は「幸運」と同じ程度に並んだものになるのだと思う。
 ただし、今やあまり意味を成さなくなった生前の経験を振り返るに、片や一国の王子として女性との付き合い方を手ほどきされた自分。片や御者の息子として育てられ武人として生きたカルナ。これを天秤にかければ、やはりリードするのは自分の方ではないかと思う。傲慢かもしれないが。
 なので今、ジークフリートは辿々しくカルナの肩を抱いている。吐息が触れるほどの距離にあって、全てを見透かす透明な瞳は何を応えるでもなくじっとジークフリートを見つめていた。
 今から自分がしようとしていることを、この人はわかっているのだろうか。いや、理解しているのだろうか。幾ばくかの不安を抱きつつ、ジークフリートはそっと顔を近寄せる。
「……カルナ」
 囁いた名前を唇に乗せて、そっと触れ合わせる。
 薄くて、ほんのりと温かい。やわらかい。何も応えてはくれないが拒絶もしない、強ばってもいない。だからたぶん、嫌がられているわけじゃない。
 でもこれ以上進んでいいかは……どうだろうか。伏せていた目をそうっと開いてカルナを窺う。と、ジークフリートの全てを見つめる瞳があった。
 予想外の視線に、ぎこちなく唇を離す。カルナに対して、生前縁を結んできた女性たちと同じように触れ合っていいとはもちろん思わないが、だからといってここまでまじまじとキスの最中の顔を見られているとは思わなかった。
「カルナ、その」
 なんだ、とばかりにカルナの瞳が瞬く。こうまっすぐ見つめられるとまるで自分の方が間違っているような気がして、続く声が少しばかり弱々しくなってしまう。
「目を……閉じてくれないだろうか」
「……そういうものか」
 得たりとばかりにカルナは頷いた。けれどすぐに目を閉じることはなく、まじまじとジークフリートの瞳を見つめながら淡々と呟いた。
「これほど近くでお前の顔を見るのは初めてだから、少しばかり感心していた」
「は、」
「お前は、睫毛が長いんだな」
 たぶん、彼のことだから砂埃を除けるのに都合が良さそうだ、とか、それぐらいしか考えていないだろうと思う。
 それでも一般的には顔のつくりを褒める言葉な訳だ。意図していないとはいえ、他人に美辞麗句を注ぐことのないカルナがそれを自分に向けた。この事実が意味するところに自惚れても構わないだろう。
 嬉しい、いや、恥ずかしいのだろうか。頬が熱くなるのを感じる。カルナは不思議そうな表情を浮かべたが、ジークフリートは遮るように声を上げた。
「とにかく、目は閉じてくれ。……続きをしても?」
 こくり、とまた頷いて、今度こそカルナは目を閉じた。ジークフリートは高鳴る鼓動を宥めつつ、再度カルナの肩を抱く。
 閉じられた瞼と縁取る白い睫毛に安堵しながら、薄い桜色の唇に再び己の唇を重ね合わせた。視界が閉ざされて感覚が鋭くなっているのだろうか、ぴくんとカルナの身体が跳ねる。
 初心な仕草を愛おしく思いながら、ジークフリートはちろりと舌先でカルナの唇をなぞった。応える術を知らないのだろう、閉ざされたままのそこをつんつんと突いて、わずかに生まれた隙間からカルナの口内へ舌を潜り込ませてゆく。
「ん」
 くぐもった声が漏れる。構わずに、じわりと舌を進める。
 少し顔を傾けて、舌先でカルナのそれを掬い上げる。つるりとひと撫でして、にじみ出る唾液を絡めて弱く吸う。指先に触れるカルナの身体はぴくりともしない。やはり拒絶はない、ので、吸い上げた舌にやわく歯を立ててみた。
 ちゅる、ぐちゅ、と。密やかに卑猥な音をこぼしながら、自分の唾液を流し込んで、あるいはカルナのものを吸い上げる。カルナの舌を呑み込むぐらいに吸い込んで、少しざらつく上面を辿りながら苦しいぐらい喉奥まで舌を差し込んで犯す。
 首を傾けたり、縋るように迫ったり。カルナの身体を支える手で肩甲骨や背骨や腰や、更に責めて尾てい骨のあたりを擽ったり。
 ……擽ったり、しても。カルナの身体は頑ななまま、少しも応えない。舌も口内もされるがままだ。
 拒絶はされていないから、と思っていたが、いつまでも何の反応もないと少々ならず心配になる。ジークフリートはそろりと瞼を持ち上げた。
 薄めに窺えば、律儀に瞳を閉じたまま硬直しているカルナがいた。白皙には明らかに朱が上っている。
「……カルナ?」
 声をかければ、さすがにぴくりと身体が震えた。が、瞳は開かれることなく棒立ちを続けている。幾分心配になってひたひたと頬を叩いた。
「カルナ?」
「……もう、目を開けてもいいのか」
 か細い声で答えられ、首を傾げる。どうしてこんなに、苦しそうに引き攣った声なのだろうか、ジークフリートにはわからなかっただけで嫌だったのだろうか。あるいはカルナに限って、とは思うが――怖がらせてしまったか。心なしか身体全体まで微細に震えている。
 落ち着かせるように、ジークフリートは一度カルナの身体を抱き締めた。背中や肩をゆっくりと叩き、できるだけ穏やかな声を心がける。
「もう、というか……いや、とにかく一度こちらを見てくれないか」
 胸からカルナの身体を離し、白銀の前髪をくしゃりと掻き上げて覗き込む。ふる、とカルナの睫毛が震えて、その下の澄んだ瞳の色が露わになる。
 同時にカルナは、はあ、と。肩が下がるほど大きく息を吐いた。そのまま浅い呼吸を繰り返している。
「大丈夫か?」
「ああ。少し、呼吸が苦しかっただけだ。大事ない」
「……息をしていなかったのか?」
「? 口が塞がれていただろう?」
 至極不思議そうにカルナが答える。
 そうか、キスの間呼吸を止めていたから妙に声が引き攣って身体を強ばらせて頬に朱を上らせていたのか。申し訳ない。
 と、思ったがしかし、今度はジークフリートが訝る番だった。恐る恐るカルナの顔を覗き込む。
「鼻で息をすればいい、と、思うんだが」
 ぱちりと、カルナの空色の瞳が瞬いた。虚偽に最も縁遠い男は、初めて知ったとばかりに頷いた。
「そうか……確かにそうだな、忘れていた。次はそうしよう」
「忘れていたのか」
 ごく当たり前のように次を許すことばに、高鳴る胸を宥めつつ問う。
「お前の舌で舐められたり吸われたりすると、意識が不鮮明になる。正常な判断ができていなかったようだ」
「……それは、不快だった、ということだろうか」
 カルナは「ふむ」と声を漏らして、指先で唇をなぞる。まだ二人の唾液で濡れて艶めくそこに白く細い指が這う様はジークフリートの欲を煽ったが、平静を取り繕ってカルナのことばを待った。
 やがてふさわしいことばを見つけたのか、恐らく、とカルナは切り出した。
「不快ではなかった。おかしな声が漏れそうになったり力が抜けそうになったり、背筋が粟立ったりする感覚はあったが」
 そういうものを堪えていたから、カルナの身体はあんなに強張っていたのか。
 淡々とした口調は武人が戦いの顛末を語るに似ている。実際、カルナからすれば先ほどの口づけもジークフリートとの手合わせの一部に過ぎないのかも知れない。
 不安に思うと同時、納得もする。ジークフリートとカルナはお互い刃を交える方が言葉を交わすよりも雄弁な関係であるし、恋情と欲情の混じる関係とは結局、何よりも激しい仕合と呼んで相違ないのだから。
 カルナの両頬を手のひらで包む。ぱちりと瞬くカルナの額に己のそれを触れ合わせた。
「次は、貴方の身体の反応に委ねていい。崩れ落ちそうになったら俺が支える。声も、その……貴方が嫌でなければ、聞かせて欲しい」
 拒絶されてはいない。嫌がられてもいないし、不快にも思われていない。カルナのことばどおりならば、むしろ感じてくれていたのだと思う。本人が感じていること、気持ちがいいということを理解できていないだけで。
 更に付け加えるならば、おかしな声、という言い方にも自覚のない衆知が生まれているのだと思う。
「本当におかしな声だと思うが」
「それを聞きたいんだ」
 聖人にも等しい、と称される高潔な武人は、卑俗な、人として当然の感情や行為に疎いのだ。ジークフリートもいい加減理解してきた。
 ならば全てを一つ一つ教えて、理解して、納得してもらうまでだ。相手に委ね、前後不覚になるような交歓もあるのだと。行く末は遠いかも知れないが、その道のりを手間だとは思わない。むしろ――楽しみですらある、気がする。
 こくりと頷くカルナの前髪を掻き上げて、額に口づけを落とす。続けて瞼の上に、鼻梁に、そして最後にまた唇に噛みついた。
 唇の隙間から、素直に「ふあ」と声が落ちる。どこか幼い響きに興奮する。ジークフリートも今度は己の欲するまま、カルナの細い腰のラインを指で辿り、舌先を荒っぽく口内に捩込んだ。
 次に瞳を合わせたとき、カルナがどんな感想を口にしてくれるのか。少なからず楽しみに思えて、ジークフリートは重ね合わせた唇の端をそっと弓なりにしならせた。

ゆるしあたえたもう

    2017/1/9-1/10(privatter) x 2017.3.5 up

 果たして今目の前で繰り広げられている光景は、現実なのだろうか。どこか遠い粘ついた水音と裏返る嬌声を、ジークフリートは他人事のように受け止めている。
「ぁ、じーく、じーくっ、ふりー……あ、ふぅ」
 触れる肉が、これは現実に相違ないとジークフリートの指を食む。温かく濡れた襞がちゅくちゅくと吸いついて、奥へ奥へと引き込んでくる。誘われるまま、そして現実味のないまま、ジークフリートは三本の指を一息に突き込んだ。
 ひゅうっと息を呑み込んで、目下の身体が背を反らせた。ぴくんぴくんと腹筋をうねらせて腰を突き出し、泣き濡れて雫を結ぶ陰茎を震わせている。
 舌に触れ、喉を滑り落ちる甘露の美味を思い出す。自然、ごくりと喉が鳴れば、ジークフリートの指を抱き締める肉の内側が震えた。
「……ぁ、ふふっ、ん、もっと……ン、ジークフリート」
 震えている。笑っている。
 ジークフリートの無骨な指を三本、根元まで咥え込んで赤くふっくらと腫れる肉のふち。肉付きが薄く締まった臀部とジークフリートに悦んで立てられ、開いて迎え入れる筋張った太腿、膝、細い足首。なめらかな足の甲。そこから上へと視線で辿っていく。組み敷いた身体を見下ろす。
 しっとりと汗ばんだ身体のすべてを委ね、開いて微笑んでいる。口の端からとろりと唾液を垂らす様は官能的で、なのにいつもの高潔さをまだ残している。その事実がジークフリートの欲を更に煽り立てる。
 しどけなく横たわり微笑むのは、カルナに相違なかった。彼がこんなことをするはずがない、という困惑やある種の憤りすら受け入れる艶然。伸ばす腕、開いた膝、身体すべてで、にゅくにゅくといやらしくジークフリートの指を呑み込もうとする濡れた媚肉。
 ジークフリートを見上げるカルナの瞳は、熱く濡れて蕩けている。その瞳の奥底に、ジークフリートは微かな光を見ていた。
 消え入りそうなそれはいつものカルナ自身だ。微かに薫る高潔のよすが、誇り高き武人の魂。おおよそ快楽に堕して尚穢れない感情。ジークフリートの愛するカルナそのもの。
 ジークフリートとカルナは思いを通わせ、身体を許し合った関係だ。既に幾度か閨も共にしている。だがカルナはジークフリートが迫り、与える感覚に戸惑う一方で、愛し合う行為のひとつずつを覚えている途中だ。最近になってやっと口づけに応えてくれるようになったばかり。ジークフリートの舌におずおずと己のそれを触れさせる様が愛おしくて仕方がない。
 そんなカルナが、自らこんな風に淫らに誘うはずがない。彼を染め上げる甘露滴る色はすべて、他によるものである。
 ジークフリートとカルナはマスターに請われ、レイシフトした先でエネミーと交戦した。精神系スキルを使う相手にジークフリートは悪竜の血鎧でこれを防いだが、カルナは対魔力スキルをすり抜けられてしまったらしい。戦闘中からカルデアに帰還するまでマスターの前では平静を保っていたが、ジークフリートと二人きりになった瞬間、抑えていた衝動を発露させた。自ら装備を解き、臀部の肉を片手で割り広げ秘所を晒すあられもない姿で甘く鳴きながらジークフリートの下肢を寛げ、陰茎に触れてきたのだ。
 ジークフリートは魅了の類いだと思っていたが、厳密には催淫状態というものなのだろう。この手合いは一度欲望を満たしてやりさえすれば、後に残るものもなく治まるということも知っている。
 カルナが求めている。望まれるままに与えたい。赦されるままに暴いて、犯して、深く深くを抉ってしまいたい。ジークフリートの全てを刻みつけて、カルナを丸ごと全部自分だけのものにしてしまいたい。
 だが、
「っつぁ! カ、ルナっ」
「ぁ、はやく、はやくっおまえのこれ、はぁっ……これが、ほしい、ぁ、かたいの……」
 思案して動かないジークフリートに焦れたのか、カルナが不意に動いた。突き入れたままのジークフリートの指を切なげにきゅうきゅうと締め上げ、そして伸ばした足で、ジークフリートの剥き出しの陰茎に触れてくる。
 眉を顰め奥歯を噛む。戦士にしてはすべらかでやわらかい足裏の肌が幹を、裏筋を擦り上げる。雁首を不器用に指と指で挟む。陰嚢を揉み込み、あるいは持ち上げるようにして刺激する。
 ぎこちなく、決して快感とは言えない。それでも少しずつ滲む先走りに滑りがよくなれば、もどかしそうにカルナもそっと口の端を持ち上げて喜色を浮かべる。ぴちゃぴちゃと淫靡な音が密やかに響き、ジークフリートの腰に熱が溜まっていく。疼く。
 恋しい相手にここまでされて、抑えきれる人間がいるだろうか。温かくて濡れていてやわらかい奥で射精して、種をつけて孕ませたいと、獣の欲まで頭をもたげる。
 だが、だが――これは、カルナの本意ではない。正気のカルナたり得ない。きっと高潔に過ぎる彼はこの程度で矜持を曇らせたりはしないだろう。それでも、事後の彼が何を思うか。それを考えると、動けない。
「じぃく、ふりーと」
 蕩けた声が名前を呼ぶ。白い腕がジークフリートの首に巻き付いて、二人で寝台に崩れ落ちる。耳朶に、鼓膜に、脳の底まで、カルナの熱い吐息が触れる。
「だい、じょうぶだ」
 はっとして見下ろす。
 声には、意思があった。色に塗り潰されない、灯る光が。泣き濡れた瞳にはすべてを、ジークフリートの欲望もカルナ自身の淫らな衝動も、すべてを受け入れて認める意思があった。
 カルナが口の端を持ち上げる。性とは遠い、慈愛の微笑だった。ジークフリートの胸、ちょうど心臓の真上あたりにそっと指を滑らせ、鼓動を確認して安堵したとでもいうようにほうと息を吐いた。
「すこし、おかしいが。すべておれの、意思だ。でなければ、お前と、んっ……ふたりになる、まで、待っていない。ぁ、お前が、おまえだけが欲しい、からぁっ――ふあぁ!?」
「カルナっ!」
 根元まで突き入れていた指を乱暴に引き抜く。引き留めるように吸いつきにゅぶりと鳴るが振り払い、代わりに熱を孕む細い身体を抱き締めた。
 カルナの足裏に弄ばれ育て上げられた欲の塊を、濡れて赤く熟れた肉縁に押しつける。それだけで切なげにちゅうと吸いつき食む甘やかな秘所に、誘われるまま押し込んだ。
「ぁ、ぁ、ひぅっ……ぁあ、はい、はいっ……! じーく、ふりっ……ひああ!」
 ぎゅうぎゅうと締め付けられる。抱きつく腕にも、潜り込んだ胎内にも。
 腹に濡れた感覚があった。挿入の勢いで射精してしまったらしく、カルナの腹とジークフリートのそれに白濁が散っている。一度の吐精では満たされないのか淡く色づいたカルナの陰茎はいじらしく勃ち上がり、ジークフリートがパンと音鳴らして突き上げる度にふるりと揺れて精液を散らしてた。
 幼い子どものようにカルナはかぶりを振る。突き動かされるがまま、ジークフリートは額に、頬に、鼻先に唇を落とす。淫らな声をこぼし続ける唇を塞ぐ。待ちかねていたように絡みつくカルナの舌をぢゅうと吸って、互いの唾液を混ぜ合い呑み下す。
 ジークフリートが動く度に、カルナのうちがわはやわらかく吸いついてくる。奥に引き込む襞の動きに逆らって腰を引けば腰を浮かせて追い縋り、悪戯に動きを止めれば自ら尻を振って快感を得ようとする。応えてずん!と限界まで突き入れれば、カルナは舌を突き出して目を見開いた。
 今まで犯したこともないほど深くに至った感覚があった。陰茎の先端が媚肉によってちゅこちゅこと小刻みに締め付けられている。びくびくとカルナの身体が痙攣し、見下ろせば薄く白い腹が不自然に膨らんで見えた。
「ぁ、あー……!」
「カルナ、カルナっ、は、気持ちいい……!」
 カルナは苦しいかも知れない。しかしもう、止まることはできなかった。せめてと瞼に口づける。ふる、と震えて、ぐちゃぐちゃに鳴きながらカルナが縋りつく。
「あ、あ、あんっ、ぁう、ぁ! おれも、ぁひ、ぁ、きもち、ぃ……! ぅれし、ふぅ……!」
 ほろりと瞳から雫をこぼして笑うカルナが愛おしく、身体のすべてで抱き締める。口づける。葉の痕すら厭わず、カルナはジークフリートの背中を掻き抱いた。
 ふたりでひとつの獣のようになりながら、ジークフリートはカルナの一番深いところで射精した。長く尾を引く悲鳴を上げて、カルナも後を追う。そのままくたりと脱力する身体を抱き留める。
 汗に濡れて張りつく前髪を掻き上げ、露わになった額に唇を落とす。ふるりと睫毛が震え、カルナが薄く目を開いた。
 いとおしそうに微笑みながら、精を呑み込んだ腹を手のひらで撫でる。幾分か色の抜けた声で囁いた。
「ぁふ……れいを、いう、じー……」
「言わないでくれ」
 ぱちりと、カルナが瞬く。
「恋しい者同士の行為であれば、それは要らない」
 身体を重ねる行為は当然のものだ。だから、礼など言われてしまったら。ジークフリートはカルナの意思による行為だという言葉を疑わなければならなくなる。
 きょとんとしていたカルナは、やがてふっと頬を緩めた。そのまま重たげに顔を持ち上げ、ジークフリートの唇に触れるだけのキスをする。ちがう、と言葉を添えながら。
「……抱いてくれた、ことに、ではない。オレのことを、」
 愛してくれて。
 続いた言葉はお互いの唇に呑み込まれてすぐさま消える。昨日までのジークフリートであれば持っていただろう、夢かうつつかと訝る心もない。微笑みながら瞳を閉じるカルナが、言葉よりも雄弁にジークフリートに現実だと伝えてくれていた。
    楽しそうに秘所を弄られながらおねだりしているジクカル/診断メーカー

しっぽのきもち

    2017/1/25(privatter) x 2017.3.5 up

 眠る、という行為はサーヴァントである自分たちにとって必要ではない。
 ではジークフリートにとって眠りとは何であるか。
 敢えて、不謹慎だと知りながら言葉にするのであれば、奇跡を確認するための行為だ。数多の召喚、数え切れないほどの聖杯戦争にて最も異質な現界。束の間、自由を謳歌することすら許された環境。
 中でも最たる奇跡は――座の記録に残る七騎と七騎の相対する聖杯大戦、ジークフリート自身はイレギュラーなかたちで脱落しそれでも自らの願望と在り方を思い出せた遠因のひとつが、塒の裡で共にあること。すなわち自ら主人の命を破ってまで、自らの意志で、己のためだけの願いを口にし、望んだ相手。
 赤のランサー。今は同じクラスの英霊が数多集い不可侵であるが故に堂々と名を呼ぶことができる、
「……カルナ」
 彼が。宝もののように、己の腕の中に収まっている。
 秘めやかに囁いた名前は、今はシーツの塊のかたちをしている。燐光を放つ悪竜の紋章に顔を埋めて丸まり、頭まですっぽりシーツを被っていた。白い小山はすうすうと規則的に上下して、未だ彼が眠りの遠浅を彷徨っていることを伝えていた。
 昨夜は無理をさせた。かつて望んだように、幾千幾万の剣戟を交わし刃鳴を散らし、魂を震わせるほどの交歓を重ねたから、ではない。このカルデアでは限度内であればサーヴァント同士の私闘も許されているし、当然ジークフリートもカルナも手合わせを繰り返してはいるが、それだけではなく。
 シーツの中に潜り込ませた手のひらで、カルナの輪郭を辿る。さらりとしてなめらかな感触。生命の瑞々しさを裡に秘めた、存外とやわらかな肌。戦士としては随分と薄い肢体が触れる。シーツを捲り上げるまでもなく、何も纏っていない。
 ――の、だが。はずなのだが。
「……?」
 違和感がある。なめらかでやわらかな肌に、何か引っかかるものが。
 ジークフリートはシーツの下で何度か指を滑らせる。抱いて眠るうちに自分が傷つけてしまったのだろうかと一瞬恐れたが、少し違う。こつり、として硬い感触は怪我の類いではない。例えるならまるで――まるで、甲殻、いや、鱗。
 竜の鱗の、ような。
 背筋がひやりとして粟立つ。
 同時に、無遠慮に触れ過ぎたせいかシーツの山がもぞりと動いて崩れた。中から薄布の色に埋もれるほどに白い男が、ゆっくりと身を起こす。抜けるような白い肌に光を集めたような白い髪、唯一色を宿すのは胸の赤い石と薄い空色の瞳だけ。
 なのに。彼にそぐわない色が混じっている。
 ぼんやりと緩慢に瞬きを繰り返すカルナは気づいていないのだろうか。瞳の中にジークフリートの姿を結んで、どこか緩んだ笑みを見せた。
「おはよう、ジークフリート」
 ふわり、と彼の背中でやわく空気が掻き混ぜられる。カルナが持ち得ない色がはたはたと上下していた。
 ジークフリートは言葉を失う。眠りから徐々に覚醒してきたのか、返事のないことを訝ってカルナが首を傾げた。白銀の髪がさらりと滑る。
「……ジークフリート?」
 流れる髪の合間にも、色が。
 カルナにはあり得ず、けれど嫌というほど見慣れた色がある。
「カルナ。貴方の、その……」
「なんだ?」
 ジークフリートの視線を追って、カルナは己の背後を振り返った。同時にはたりと、長いものがシーツを叩く。  即ち、暗褐色の鱗によろわれた尾が。
 あるいは、静かに上下する両翼が。いずれもゆらゆらと揺れていた。
「……これは」
 カルナが目を細める。同時にまたはたりと尾が上下に振れた。
 はた、はたと尾や翼が閃き、カルナは背後からジークフリートへと視線を移す。正しくはジークフリートの邪竜の尾と、翼を。
 やがてカルナはジークフリートに視線を合わせ、頷いた。己から伸びる竜の尾をそっと撫でながら、興味深そうに目を細める。
「成程。この分だと、角の方もあるのだろう」
「ああ。……俺のものよりは、幾分小ぶりだが」
 ジークフリートの角はファヴニールの姿を映すように二本、禍々しく捻れているが、カルナの髪から覗くそれは一本だけで捻れてもいない。敢えて例えるのなら山羊のように緩いカーブを描いている。ついでにいうと翼も尾もジークフリートのものよりは小さく、仔竜といった雰囲気だ。
 また成程と頷くカルナに、逆にジークフリートの方が不安になってくる。
「カルナ、身体に異常は――いや、その姿が異常ではあるんだが、その、大丈夫なのか?」
「ああ。違和感はあるが、不調でも不快でもない。だから落ち着け、ジークフリート」
 むしろ当事者であるカルナが落ち着きすぎているのではないかと思う。あるいは自分の姿は自分では見えないから、だろうか。
 ジークフリート自身は自分の邪竜の姿を忌むべきもの、恥ずべきものだと思っている。これはマスターが手厚く霊基を育て上げ、サーヴァントとして至るべきに至らせてくれた姿だと理解しているし、誇りにも思っている。それでも生前のファヴニールとの戦いには幾ばくかの禍根も、疑問もあった。
 とにかく、自分が受け入れがたく思う姿と同じ姿を焦がれる相手がしていて、しかも受け入れている。それどころか興味深そうですらあった。カルナは今度は頭上に手を伸ばし、暗褐色の角にぺたぺたと触れていた。
 ジークフリートが抱いた戦慄も凪いでゆくほどに長閑な光景だ。カルナが自分と同じ竜の角を、翼を、尾を持つ姿は愛らしくすら見える。むしろ――ジークフリートの凪いだ心をぞわぞわと、鱗を逆撫でるようにざわめかせるような。
 ジークフリートはふるりと頭を振った。胸中に差す不穏の影を払い、状況を改めるべく口を開く。
「ひとまず、さしあたって危険がなさそうなことはわかった。ならば次はどうすればいいのかだが――」
「?」
 カルナは不思議そうに首を傾げる。
 なぜそこでそのリアクションなのか。不思議に思うのはジークフリートの方だ。
「このままでも問題はないが」
「……………………いや。あるだろう」
「ならばお前は、竜の姿で不都合があるのか?」
 曇りのない目で逆に問われて、一瞬言葉に詰まる。
 ジークフリートの竜の姿は顕現自由で、戦闘時以外は封じている。あまり人に見せたくない姿だからという理由もあるにはあるが、例えば椅子に座るとかドアをくぐるとか、そういう細々した不具合があるからだ。カルナの問いに答えるならば『イエス』だが、今回の場合は不都合があるとかないとかの話ではなくて。
 ジークフリートは寝台の上で居住まいを正した。じっと見上げてくるカルナを真正面から見据える。抜けるような白い髪に埋もれる幼竜の角、すべらかな肌から生える硬い鱗を纏う翼と尾。生まれたままの姿に異形をよろうカルナは、どうしてもジークフリートの胸をざわめかせて止まない。
 それに、このアングルも悪いのだ。相手の虚偽をも射貫く瞳がじいっとジークフリートを見上げている。
 これは、昨夜も見たのだ。
 そして恐らく――カルナのこの姿の原因でもある。
「俺はいつでも翼や尾をしまうことができる、し、その、カルナの場合は……不都合があるとかないとかの問題ではなくて、だな」
「……はっきり言え」
 逃げを許さない瞳に、ひるむ。しかし口を閉ざしていても埒があかない。カルナが自ら気づく様子もない。
 せめてもの逃げの姿勢に、俯き気味で答えてしまうことぐらいは許して欲しい。
「原因があるだろう、貴方が、そうなってしまった」
「ああ。恐らくお前なのだろうが」
 さらりと頷かれて、なんだか泣きたくなる。
「それがわかっているなら……いや、だから」
 カルナが思い至るのも当然だ。直近で竜に関わるものといえばジークフリートしかいない。ジークフリートの知る限り、カルナがレイシフト先で竜種と交戦したといった話は聞いていないし、エリザベートやモードレットといった竜の血の混じるサーヴァントともごく普通の付き合いしかしていない。
 暇さえあれば刃を交し、そして閨まで共にしているジークフリートを原因と見るのは当たり前だが――果たしてカルナは、こうなった経緯を予想しているだろうか。見上げてくるカルナの白皙に散らされる白の幻を見ながら、ジークフリートは呻いた。
「俺が竜化した原因は知っているな」
「ああ。ファヴニールの血を浴びたからだろう」
 召喚に際して与えられた知識があるからだろう。迷いなく答えるカルナに頷く。察して欲しいと願いながら、口を開く。
「血には魔力が宿る。竜種の魔力は規格外だから、俺の姿も変容してしまったんだろう。そして魔力が宿るものは血液だけでなく、体液全般だ。汗、涙、唾液、それから……」
「成程」
 カルナははたりと尾を揺らした。右に、左に揺らしながら、そうしてジークフリートが言い渋っていた内容を淡々と、あっさりと、無表情なままに口にした。
「お前の精液を受けていたからか。しかも直接経路を繋げ魔力を通わせていた状態だ。擬似的にお前とファヴニールの間で起きたことがオレに起きてもおかしくはない。しかし、お前との性交は昨晩が初めてというわけでもないのに突然――むぐ?」
「……すまない。思わず塞いでしまった」
 ジークフリートが言い淀むような内容をあまりにもあけすけに口にするものだから、つい。
 察して欲しいとは願ったが察しが良すぎる。そもそも察した内容を全て口にしなくてもいいのではないだろうか? アストルフォがカルデア内のどこぞから興味本位で引っ張り出し半ば無理矢理見せられた、アダルト映像というやつを思い出してしまった。男性に組み敷かれた女性が卑猥な言葉で性交の様子を実況させられる、という演技をしている映像だ。
 アストルフォは画面を指さし腹を抱えて笑い、巻き込まれたジークフリートはといえばサーヴァント故性欲を覚えないのは仕方がないがそんなに笑うことはないだろうあんなに頑張って演技をしているのに、などと考えていたのだが――カルナが似たようなことをしていると思うと、居たたまれないと同時に妙な気分になってくる。
 不満を表すかのように小刻みに振れる自分よりも小ぶりな尾を横目に、ジークフリートはのろのろと手を退ける。申し訳なさと羞恥しかないが、カルナの疑問には答えねばなるまい。
「恐らく、昨晩……あ、貴方の、顔に、その」
「……ああ、顔に精液をかけられたな。あれは初めてだったが、成程。あれが切欠か」
 解放された唇を、そして昨晩ジークフリートの欲望を受け止めた頬を、確かめるようにカルナの指が辿る。ぐっと呻く。
 そうだ、初めてだった。睦み合ううちにカルナが下から見上げる姿勢になって、ジークフリートの猛るものを口で咥えてくれた。ちらちらと自分を仰いで様子を窺う仕草が溜らなく扇情的で、透き通る瞳と白皙の顔貌を汚してしまいたい欲求が抑えられなかった。結果、魔が差したところを深く喉奥まで呑み込まれ、こんなものを飲ませたくはないと慌てて腰を引き――計らずともカルナを汚してしまった、次第である。
 その浅ましい身勝手の結果が、これだ。
 はたはたと翼と尾を揺らすカルナはジークフリートの挙動にも昨晩の行為にも、現状すらも気に留めない様子だった。あまつさえ、確かにそれならばお前の逸話を踏襲しているな、などと感心したように呟いている。
 カルナは本気で、この姿でも不都合はないと思っているのだろう。ないのだろう、実際。カルナには。
 だが、ジークフリートには大いにある。片手で顔を覆いながら、罪を吐露する姿勢で項垂れた。
「だから――貴方のその姿で、皆が察してしまうだろう、と」
「オレたちの関係を、か」
「だけでなく。貴方が、俺に抱かれていることも」
 ふむ、と一言漏らし、カルナはしばし考え込む。
 ここまでくるとカルナの答えなどわかってしまう。何も問題ない、とかだろう。
 予想通り、カルナが次に口にした言葉は、
「問題ない」
 だった。
 しかし、更に続きがある。昨夜ジークフリートの身勝手と欲望を受け入れたときと同じ姿勢で、昨夜とは違うジークフリートの邪竜を宿した姿で見上げてくる。告げる。その表情はほんの少し、緩んで見えた。
「お前とオレが互いを理解し、通じ合った結果の行為だ。無論、閨事などひけらかすものではないが、だからといって過剰に恥じ入るものでもないだろう。むしろお前とここまで深く繋がっているのだと誇ってもいいと――んむ?」
「すまない。本当にすまない」
 再びカルナの口を塞ぐ。今度は手のひらではなく、胸に押しつける格好で。
 素肌にカルナの体温が触れる。太陽神の子であるカルナの体温は高く、心地良い。見下ろせば竜の角を宿した頭が竜の紋章を宿す胸に重なっている。暗褐色の翼と尾の生うる白い背がなだらかに伸びている。
 肉づきの薄いこの背は戦士の背だ。守るべきものを庇い護る背中。偉大なる英雄。生前であえば縁など結ぶべくもなかっただろう邪竜の姿に身をやつしながら、決して穢れることのない魂。
 だから、愛している。この竜の心臓の音は、正しく届いているだろうか。今だけは届けば、そして伝わればいい。更にカルナを抱く腕に力を込める。
「貴方をこんな姿にしてしまったことへの謝意はもちろんあるんだが――貴方が。そこまで言ってくれることが、嬉しい。嬉しくて堪らない」
「そ、うか」
 腕の中で、カルナがもぞりと動いた。
 同時に、ぱたりと尾がシーツを叩く。その動きは忙しなく、ぱた、ぱたと上下に振れてはまたぱたぱたと左右に振れる。翼もふわふわと動いて、二人の空気を孕んでは逃がしている。
 元来自分についているものではあるが、こうして他人の身体で竜の仕草を見るのは初めてだ。自分も他人からはこのように見えているのだろうか。こんな風に、妙に愛らしく。
 確かに竜の姿で抱き合う度に、カルナは愛おしそうに翼や角に触れてくる。尾にはあまり触れてこない。初めて竜の姿で抱き合った際、竜尾にも同じく触れようとしてきたカルナを敏感な部分だからとジークフリートがやんわり退けたからだ。腰部というか臀部というか、人体の中でもデリケートな部位に生じたものだし、そうでなくても感情を細かく読み取ってどうしても意図せず動いてしまう。
 ふと、思い至った。カルナの尾が落ち着きのない理由があるのだろうか、ということに。
「カルナ?」
「……なんだ」
「貴方も、嬉しいのか?」
 思い切りシーツを叩く音がした。
 カルナの尾が瞬時に跳ね上がり、墜落した音である。
 心なしか胸に感じるカルナの温度も上がっているような気がする。そろそろと身体を離して覗き込めば、カルナの視線が彷徨う。
「嬉しい、のだろうか、少し違うと思うが。……お前がそう、素直に喜ぶと」
 何故か落ち着かない。呟くカルナの朱を引いた目端が、いつも以上に赤く染まっているような気がした。
 あれだけまっすぐにジークフリートを見上げていたカルナが揺れている。己の感情に当てはまる言葉を探している。カルナの尾は再びシーツから浮き上がり、ゆら、ゆらと、静かなリズムでたゆたっている。なるほど、カルナの心がそのまま、剥き出しになっているかのようだ。本人は気づいていないのだろうか、尾は瞳よりも更に雄弁だった。
 この心の揺らぎは、ジークフリートの問いによって生まれたもの。邪竜に身をやつそうと狼狽えず、二人の関係が皆に詳らかになったところで何も問題はないと平然とするカルナが、ただ心の置きどころを問うただけで落ち着かないのだと言う。
 これは恐らく、相当、自惚れてもいいのではないかと思う。
 もう一度、カルナの頭を抱き寄せた。角の付け根をくすぐって、背に回した手のひらで背骨の隆起を辿る。翼と、尾の生え際をするりと撫でる。カルナの身体はほんのわずか、ぴくりと震えるだけ。しかし強がる身体の代わりとばかりに大仰に、尾がぐるりとうねってシーツを掻き混ぜる。翼がぶわりと広がって、ふるふると鱗を鳴らして震える。
 カルナ自身も自分のものではない自分の身体の動きと、同じく動く感情に気づいたのだろう。ジークフリートが耳元に唇を寄せ尖った歯で耳殻をやわく噛めば、小ぶりな尾が悶えて跳ねる。
「愛らしい、な」
「茶化すな」
 思わず笑みがこぼれるが、耳を掠める吐息で察したのかカルナが胸を押し返してくる。相変わらず淡々とした、ともすれば拒絶ともとれる口調だが竜の尾はぷんぷんと小刻みに振れていた。拗ねているというべきか、照れているというべきか、あるいは恥ずかしがっていると見るべきか。
 こんなにカルナの気持ちが読み取れるのであれば、邪竜の姿も悪くないかも知れない――などとは、冗談でも口にしないが。今この時、ジークフリートに気づかれないよう尾をシーツに潜り込ませて隠そうとするカルナの姿ぐらいは堪能してもいいのではないだろうか。
 ……などと束の間の平穏を享受しているジークフリートが、カルデアの頭脳たるサーヴァントたちにカルナを元に戻す方法を仰ぎに行き、「注いで変化したならやっぱり吸うしかないんじゃない?」という至極適当なアドバイスを受けたためにささやかな一波乱が起きるのだが、それはまた別の話である。
    朝起きたらジークフリートの邪竜が伝染して半竜化しており、それが恥ずかしくて人前に出られないカルナなジクカル(リクエスト)