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アムリタの宵

 ひとつ。レイシフト先で歪みを正した結果、現地の人間たちに歓待されたこと。
 ひとつ。ひとときの休息もないマスターたる少女に、せめてこんな時ばかりは安らいで欲しいと全員の意見が一致したこと。
 ひとつ。飲酒と年齢の観念が緩い時代だったこと。出された酒をそうと知らずに少女が口にしたこと。
 ひとつ。夜も更け空き家のひとつを丸々貸し出してくれた住民たちは皆引き上げたこと。
 ひとつ。それでもしたたかに酔いの回った少女は飲み続け程良くできあがってしまったこと。
 ひとつ。サーヴァントはただの酒精であれば酔おうと思わなければ酔えないこと。
 ひとつ。客観的にはともかく実質一人酒だと気づいてしまったマスターがふと己の手の甲を見てしまったこと。
 ひとつ。そのときたまたま隣にいたのが、ほどほどにするよう諭しに来たカルナだったこと。
 ほんの些細なひとつひとつが積み重なって、
「令呪を以て命ずる! カルナもぐだぐだになるまで、いっしょに酔おう!」
 ろれつの妖しい言葉はそれでも拘束力を持つ。通常の聖杯戦争とは異なり、カルデアのシステムにより一晩で一画が回復する令呪のそれは弱いものではあるが、完全に不意打ち且つ目的を理解しかねる命令にカルナは抵抗するでもなく。
 ……振り返って思えば、ちょっとしたトラブルになるのは予定調和だったのかも知れない。


 結局、差し入れてもらった酒がなくなると同時にマスターは眠りに落ちた。マシュとエレナが肩を貸して二階の寝室に上がり、その後ろを至極楽しそうにエウリュアレが着いていく。人間の破滅する姿を楽しむ女神としては、マスターのちょっとした珍事は溜まらなく面白いに違いない。思えば口をつけも酔いもしないのにエウリュアレ手ずからマスターに酌をしていた気がする。やはり抑止力として、アステリオスにも同行してもらうべきだったか。
 エウリュアレに関するあれこれは置いておくとして。現状ジークフリートがどうにかしなければならないものは目の前にある。
 カルナだ。宴会の痕跡をエレナがすっかり片付け、水差しとコップだけが残ったテーブルに俯せている。
 マスターの令呪によってぐだぐだになるまで酔わされたらしいカルナだが、ジークフリートが窺っていた限りでは露骨に酔っ払いらしい行動はなかった。ただマスターの陽気な言葉に頷き、答え、時折頓珍漢な反応をしていたぐらいだ。常のカルナも同じようなものなので令呪の宣言がなければ酔っているとは思えなかっただろう。
 とはいえ、令呪が絶対である以上少なからず酔っているはずである。そう思ったからこそエレナも申し訳程度に水を注いでいった訳だし、何より普段のカルナであればマスターが去った後とはいえこんな風に無防備な姿を晒す真似はしない。
 白いうなじがほんのわずか上下している。もてなしてくれた住人たちの手前、屋内だからとジークフリートは鎧を霊体化させていたが、カルナも同じく軽装になっていた。うなじと続く背の隆起に合わせて、深く静かな吐息が聞こえる。サーヴァントに眠りは必要ではなく、カルナは睡眠を嗜好する性質でもない。ならばやはり強制された酩酊によるものだろう。
 風邪など引かないことは重々承知しているが、薄いカルナの身体はどうにも寒々しい。霊体化するか、眠るのであれば形だけでもそれらしくするべきだろう。二階には男性陣のための寝室も用意されている。カルナが動けそうならそっちを使うのよ、とエレナは言い残していったが、最悪ジークフリートが抱えて移動すればいい。
 ジークフリートはカルナの肩に触れた。ちいさく揺すり、耳元でそっと囁く。
「カルナ。俺たちも寝室へ上がろう」
「ん……」
 不明瞭な声が漏れた。覗き込めば薄く唇が開かれている。もう一度揺すれば、んん、と唸ってテーブルに乗せたままのつむりを振れる。色素の薄い前髪の隙間から薄氷色の瞳が覗いた。
 瞬間。
 反転する。
 背中と後頭部に衝撃があった。視界は古ぼけた天井、そして甘露よりもとろけた微笑でいっぱいになって――
「ジークフリート」
「カルっ……んむ!?
 伏せられた長い睫毛が震えている。目の前で。それしか見えないほどいっぱいに。
 唇には濡れた柔らかい感触。熱くて、甘い。ジークフリートの唇をそろりと割ってぬるりと入り込んで、つんつんと舌に触れてくる。鼻先を酒精の匂いが掠めた。
 カルナが。カルナの唇が、カルナ自ら差し出されている。
「ふ……ん、んくっ……ふ、うゅ」
 奥を探るように、ぬるぬるとジークフリートの舌を弄んでくる。アルコールと甘いカルナの唾液が口内を満たしてゆく。酔わないはずの意識が酩酊に侵される。
 それでも決して不快ではない。あのカルナが自らこんなことをするなんてと動揺も混乱もあるが、正直なところにわかな喜びと快感がある。
 水を求める砂漠の獣のように、乳を求める子猫のようにカルナが自らジークフリートの口づけをせがんでいる。  いじらしい。愛おしい。
 ねだられるがままに舌を合わせ、流し込まれる唾液を嚥下して己のそれを返す。混ざり合う酒精と魔力が熱を生む。溶けて混ざり合って、このままカルナに酔ってしまいそうなほどに。
 しかしまだ――だめだ。
 ちゅうちゅうと吸いつくカルナに応えながら、ジークフリートはうっすらと目を開く。
 相変わらず視界いっぱいにカルナの顔がある。伏せられた白い睫毛に、朱を引いた目元も頬も紅潮している。二の腕に手のひらで縋りつき、カルナの身体はジークフリートの上に跨ぐような格好で乗り上げていた。触れる身体はどこもかしこも熱いが、最も熱い部分がうずうずと擦りつけられている。
 ジークフリートの股間に、カルナのそれが当たっている。二人ともも装備を解いていないため直接は触れていないが、カルナの身体にこもる熱と硬さは確かに感じられた。辛そうだと思うと同時、カルナと同じだけの熱がジークフリートの雄にも宿ってゆく。
 今すぐにでも押し倒して、装備を剥いで、直接擦り合わせたい――あるいは、もっと奥、もっともっと熱い場所へ。潜り込んで。犯して。
「んっ……は、カ、ルナっ!」
 欲情を振り切るべく、カルナを引き離した。
 このままではだめだろう。だめだ。カルナは令呪によって不本意に酔っているだけだ。
「ぷあっ! ぁふ……ぅ、ジークフリートぉ……」
 なのに、こんな声で、目で、名前を呼ばれてしまっては。
 ぐっとジークフリートは喉を詰まらせた。口づけを取り上げられたカルナは濡れてつやつやと光る唇からたらりと唾液を垂らし、眉を下げている。静かな瞳も今ばかりは抑えきれない情欲に色が渦巻いていた。そんな表情でジークフリートを見下ろしながら、ジークフリートの上でもじもじと腰を揺らしている。
「だめ、か……?」
 甘く酒精にとろけた声が理性に罅を入れてくる。鋼の意思で抗って、弱い部分が手を伸ばした。ぺとりと手のひらで触れれば熱く、カルナの白い肌もうっすらと赤く染まっている。
「だめだ。貴方は酔っているだけだ。一度霊体化するか、二階で眠ろう」
「んぅ……ジークも、いっしょ、に?」
 脳天を殴られたような衝撃。
 そんな――そんなふうに貴方が俺を呼んだことなど、ないだろう。戦い以外の場で直截に共にいることを求められたこともない。
 理性を溶かす令呪による酩酊。ジークフリートの手のひらに頬を擦りつけながら、カルナは小首を傾げていた。明らかに誘い、欲しがる瞳に意思は脆く崩れてゆく。
「俺は念のため寝ずの番に回ろう。二階に上がるのなら肩を貸すから――ん、カルナ、だから、こら」
 震えそうになる声を押しとどめても、ジークフリートの葛藤など今のカルナの斟酌するところではない。頬に触れる腕を胸に抱き鎧に押し込められた雄を押しつけながら、ジークフリートの頬に、唇の端に己のそれを押しつけてくる。
 これ以上は、本当にまずい。やわく押し返して留めれば、銀糸を振り乱しながらカルナはかぶりを振った。
「いや、あ……ぅ、ジークフリー、トぉ」
 まるきり子どものような仕草で、なのに続けて口にした言葉は滴る蜜を、あるいは毒を含んでいる。
「……お前に、抱いて、ほし……」
 抱え込まれた手を取られる。手のひらを胸に押しつけられる。カルナの薄くしなやかな筋肉の下、とくとくと刻まれる鼓動を感じるよりも先に手を滑らされる。赤い輝石のつるりとした感触を撫で、布とも知れない黒に包まれた腹筋の上を辿る。
 更に導かれてゆく先は、容易に予想できる。つ、つ、と少しずつ進む様は見せつけられているようだ。焦らされている、とも。
 思うほどにジークフリートの呼吸も上がっていく。カルナをあらゆる攻撃から守る黄金の鎧は慎ましやかに彼の貞操をも守り、同時に青い欲を押し込めている――はずなのに、ジークフリートの指先が辿り着いた瞬間光の粒子になって解けた。黒い装束越しにやわくもたげられたカルナの雄が露わになる。
 触れる瞬間を夢想して、ジークフリートの喉が鳴った。
 しかし導くカルナの手は更に奥へとジークフリートを誘う。サーヴァントの身では不要の器官、雄としての本能とは真逆の、雌として苛まれるためだけの場所へ。
「こ、こに……ジーク、の、子種……注いで欲しっ……」
 あるいは、ジークフリートに愛されるためだけの場所へ。
 ぬるりと滑る感触に、最後の理性が焼き切れる。
「ああ、もう……!」
 カルナの手を振り払って馬乗りになる。反転する。同時に自分の鎧を霊子に解かし、薄い身体のラインを晒すカルナを押し倒す。
「んっ! ぁ、ジークっ……」
 起伏の少ない声にあからさまな歓喜が滲んでいて堪らない。悪戯に誘いをかけていた唇にジークフリートはかぶりついた。
「ふぁ、う、んく、ん、ぅー……」
「はっ、カルナ、んっ……ルナ、ふっ」
 舌を絡ませればカルナは混ざる唾液を少しずつ嚥下する。乳飲み子のような仕草が愛らしく、もっともっとと求められているようで注ぎ込むことを止められない。息をする間も惜しい。けれど名前だけは呼びたかった。存在を確かめるように何度も何度も呼んで、触れる。肩を抱いて、後頭部を掬って、二の腕を、横腹を、腹筋を撫でて背骨を辿って、最後には、自らカルナが手招いた奥へ。
 相変わらず濡れた感覚に、ジークフリートを受け入れるための身体に変わってしまっているのだと興奮する。呼吸と同じリズムで息づくそこにはまだ与えず、くにくにと指先で揉むだけに留めれば、カルナの身体は不規則に跳ね、反り返る。
 触れるそばからカルナを堅く鎧う黄金は霊子に解けていく。指先だけでは足りなくて、唾液を混ぜ合っていた舌を温かい口内から引き抜いた。あう、とちいさく鳴く唇を軽く吸って、鼻梁にあまく噛みついた。それから存外とやわらかい頬に。耳輪の消えた耳の凹凸を唾液で浸して。流れるぬめりを追って首筋に。白く晒されたそこだけは少し力が入りすぎてしまう。きち、と歯と皮膚が擦れて、甘美な味が舌先を刺した。
「ひあ! ぁ、うっ……じ、ぃく、ぅ……」
「……すまない。ふっ……どうしても、ここは……」
 英雄カルナを貫いた一矢。彼の命を終わらせた傷。
 黄金の鎧を解き、晒された艶めかしい肌にそんな痕跡などひとつもない。代わりにジークフリートの噛み痕と、細く流れ出す赤色が彩っている。
 舌先の甘美を唾液と混ぜ合わせ、ジークフリートは荒く息を吐く。
 目の奥が熱い。カルナの首筋にむしゃぶりつきたくて、食いつきたくて――食い破りたくて、堪らない。
 カルナの命の終わりがここにあったのだと思うと自分が抑えられなくなる。雄としての本能なのか、恋しい人を想うあまりの妬み嫉みなのか。あるいはジークフリートの中に眠る邪竜の欲なのか。
 違う。カルナから奪いたいのではなく、与えたいのだ。
 開いて潤んで、ジークフリートの精液が欲しいと切なくひくつくところに雄を捩込んで、彼が望むだけを与えたい。なのに。
 ごくりと飲み下した唾液はカルナの血と混ざり、更に飢えと渇きをもたらす。まだ貪りたいと逸る心に抗えばぜいぜいと息が上がる。身動きがとれなくなる。
「はー……ぁ、う、ジーク……」
 ふわりと、白いものが視界の端をよぎった。
「カル、ナ?」
 カルナの両腕が、気怠げに持ち上げられている。迎えるように広げられ、どうするのかと瞬く間に指先がジークフリートの後ろ髪に潜り込む。そのままするりと首に巻き付き、そっと引かれた。
 ぼすり、と落ちる。
 ジークフリートの頭はちょうどカルナの胸の中に収まっていた。頬にカルナの胸の輝石が触れている。酔いのせいかいつも以上に熱を持ったカルナの身体の中、ひんやりと佇む赤色がジークフリートの興奮をも宥めてゆく。
 不自由な視界の中見上げれば、カルナは赤く染めた目元を和らげていた。ジークフリートの首裏に巻き付いていた腕が伸び、薄い手のひらがもふりとジークフリートの頭頂部に乗せられて、そして――
「よし、よし」
「は、」
 ぎゅっと、胸に抱き留められる。
 もふもふと、頭を撫でられる。
 思わずぱちりと瞬いた。ジークフリートの様子などいっこうに構わず、カルナは舌足らずに、歌うように囁く。
「えらいな、おまえは」
「……カ、ルナ?」
 少なからず毒気を抜かれた。
 ジークフリートは言葉に迷う。カルナが酔っている以上まともに言葉など通らないのかも知れないが、獣の勢いは既にそがれている。一度平静を取り戻してしまうとこのまま性交を続けるのも難しい。
 犬を褒めるようだ。御馳走を前に待てを成し遂げた犬を褒める、なるほど今のジークフリートは大差ないのかも知れない。戸惑うべきか、憤るべきか。
 あるいは。安堵するべきか。
 ふわふわと微笑を浮かべて――そうだ、あのカルナが微笑んでいるのだ――ジークフリートを撫でる姿は犬の飼い主、よりも、迷子を抱き上げる母のようだった。
 胸に抱かれて、その微笑を見上げている。この格好もいけない。施しの英雄、あるいは聖人とまで称されるカルナの穏やかな笑み。酒精のせいで平生の鋭さも丸く削がれて、全ての真実を見透かす貧者の眼差しは慈愛すら讃えて見えた。
 人生に曇りなき者などいるだろうか。英雄と祭り上げられ死後サーヴァントとして喚ばれる者であっても、あるいは英霊だからこそ後悔が、無念が、慚愧があるのかも知れない。
 今のカルナは、そういったもの全てを赦していた。記憶に曖昧な悪竜退治を讃え、妻を得るために犯した罪を赦し、後に破滅を導いたジークフリートの死をも認める。
 誰であれ、救いを求める心が少しでもあるのなら身を委ねてしまうだろう。抗いがたい安堵がここにあった。
 この微笑みと柔らかな眼差しに見守られ、胸に抱かれ頭を撫でられ、何も知らない無垢な赤子にまで戻ってしまいたい。そんな倒錯すら抱かせるほどの。
 己がかつて英雄と讃えられたサーヴァントで、己を抱く相手が同じく万夫不当の大英雄で、ここが人家の硬い床の上だということを忘れてしまいそうになる。現実を確かめるように、ジークフリートは口ごもりながら呟いた。
「……貴方は、俺の母か」
「ん?」
 浮遊した思考でも耳聡く聞きつけたらしく、カルナはぱちりと瞬く。不思議そうにことりと首を傾げる。
「ふふ、光栄、だな。おまえのようなえいゆう、の、母とは」
 やがて意味を理解したのか、とろけるような笑みを浮かべた。
 そして――
「いっぱい飲んで、おおきくなれ」
 むぎゅ、と押しつけられる。
 頭を。正しくは顔を。
 ジークフリートの目端には誘うようにゆらゆらと揺れている、赤い石の光がある。鼻先ではカルナの纏う黒がするすると退いて霊子に解けてゆき、薄く筋肉を纏う、酒精でほんのり朱を入れた白くなだらかな胸部が剥き出しになる。ジークフリートの眼前に晒された呼吸の度にゆっくりと上下するそこは、うっすらと桃色をした粒を戴いている。
 硬直するジークフリートの後頭部を、カルナはまた無遠慮に引き寄せた。唇に胸の尖りが触れて思わず身動ぐが逃げることは許されず、更にきつく押し当てられた。
「ん……ジーク?」
 ほら、と囁かれるが、何をどうしろというのか。カルナは、何と言った?
 抗いがたい包容に、母か、と呟いてしまったのは確かに自分だ。あり得ない酩酊に思考や、恐らく理性や常識といったものを鈍らせているカルナに余計なことを言ったと後悔もしている。いやカルナの常識というものは召喚に際して与えられる知識を考慮しても施しの生き方からして怪しいところではあるがそれはさておき。
 だから、だからつまり。
 カルナが何を言ったのか。何が、ほら、なのか。わかっている。冷静になってしまった思考が受け入れられていないだけで。だがしかし、酔っているにしてもそれはないだろうカルナ。ないだろう?
 真偽を問うのか、救いを求めるのか。自分でもよくわからない思いで見上げれば、やはりカルナは全てを許し、与える微笑でジークフリートを誘う。
「じーく」
 カルナの白い手が、すっかり晒された胸に伸びた。乳房があるわけでもないのに薄い肉を寄せるように押し上げ、ジークフリートを呼びながら首を傾げる。
 ジークフリートの視線は否応なしにそこに吸い寄せられる。赤がちかちかと視界で弾けている。妖艶に揺れる胸の輝石の赤。首筋の噛み痕を伝い薄く滴る赤。そして酔いのためか興奮しているのか、少しずつ濃く色づいている乳首の赤が。
 誘われるがまま、それでもまだ躊躇いがちに唇で触れる。
「ぁ」
 ぴくんっとカルナの身体が跳ねる。また後頭部を手のひらで包まれ、更に押しつけるように抱き寄せられた。緩やかに背も反らされて、浮いた胸はもっともっとと求めている。
 ちろり、と舌を伸ばして乳暈をなぞる。舌先に感じるほんのわずかな肉の隆起は、他の部分より幾分柔らかいような気がする。くる、くると、まるくゆっくりと舐り続ければ、少しずつ舌を弾く感触が生まれていく。同時にヒクヒクとカルナの身体全体が震え、頭上からは「あ、あ」と断続的な声も落ちてきた。
 尖り始めた乳頭への刺激が気持ちいいのだろう。堪らない、とでも言いたげにカルナはもぞもぞと下肢を捩った。ジークフリートの腹のあたりに熱い昂ぶりが押しつけられているのは無意識だろう。子種が欲しい、と手を引かれた場所も疼いているのか、ジークフリートを挟み込む膝も不規則に震え、跳ねている。
 口内に溜っていく唾液を飲み込む。あふ、とカルナの声が漏れる。ざわざわと、引いていた熱と衝動がジークフリートを駆り立てていく。
 カルナの反応があまりに素直で、目眩すら覚える。常のカルナは無意識に自制しているのかここまで声は出ない。きゅっと噛みしめた唇を口づけて解くのも好きだが、こんな風に官能を露わにする姿も悪くない。
 悪くない、どころか、ジークフリートの与える刺激のひとつひとつにそのまま反応するカルナは何というか、そそる。
 邪な情を募らせるジークフリートに気づいていないのか、カルナは素直ななきごえをこぼしながら微笑んでいる。
「ふあ、あぅ……んっ、ふ……ふ、ふふ、いいこだな、じーく」
「ん……」
 やわく乳首をねぶるジークフリートの髪を撫で自ら胸を差し出す仕草は相変わらず幼子に与える母親そのものだ。耳の後ろから少し上――戦闘時には邪竜の角の生える部分までを指先で擽られて思わず声が漏れた。
「んぅ……もっと、ちゃんと、飲め。でないと、おおきくなれないぞ」
 こちらの認識としては性行為の前戯なのだが、よもやカルナは本当に授乳している気分なのではないだろうか?
 全てを許す包容と無垢への回帰を誘う抱擁は確かに魅力的だ。英霊の座をも捨ててしまいたいと気が迷うほどだが、しかしジークフリートはカルナに対して一人の同胞、英雄として、男して在りたいのだ。一方的に愛され与えられる関係とは違う。
 有り体に言えば、男として見られていないような今の状況は少しばかり面白くない。かも知れない。カルナが自分から押し倒してきて秘められた場所に欲しいと押しつけてきたのに、ジークフリートばかりが求めているようで。
 やんわりと眉根を寄せても、ジークフリートを見下ろすカルナからは見えないだろう。勧められるままに、こりこりと立ち上がる乳首を舌先で弾く。随分と育ったそれはふるんっと震え、ジークフリートの攻めにも健気に答え続けていた。ならば、と今度は乳暈ごとやわくかじる。
「ぁ、んっ」
 ちいさく声を漏らして、カルナはびくりと背を反らせた。代わりに浮いた腰が雄の熱を、更に奥の雌の疼きをジークフリートの下肢に押しつけてねだるが、見上げる本人は陶然と目を細めるばかりでまだ余裕を見せている。……ならば、望み通りに。
 カルナも、そして自分でも気づかない。うっそりとした嗜虐の微笑。そんなものを浮かべながら、ジークフリートは一度ちゅうと尖りを吸い上げた。はう、と感じ入った声を心地よく思い――そしてジークフリートは、ぢゅううう! と音が鳴るほど強くカルナの乳首を吸い上げた。
「ひゃうううう!?
 組み敷く身体が雷にでも打たれたかのように跳ねて落ちる。そのままばたり、ばたりと、無造作に、両足やジークフリートに触れる腕、銀色のつむりがシーツを叩く。頼りない打音はぢゅう、ちゅむと、出もしない母乳を求めて吸い上げる濡れた音に掻き消える。
 むずがるように、怯えるように悶える。けれど決してジークフリートを振り払おうとはしない。力加減もおぼつかない腕でジークフリートの頭を抱き込んで、苛まれる胸を更に押しつける。震える膝でジークフリートの腰を強く挟み込む。どこもかしこも弓のようにしならせて、差し出して、求められている。
 ぬるぬると、舌先で乳頭を擦る。やわく唇で食む。ちゅ、と甘く吸えばぴくりと跳ねて、ちゅうと強めに吸うと甘えた声が落ちてくる。舌で押しつぶし溢れる唾液と一緒に啜れば声は更に高くなり、悪戯に歯を立てればむずがりながらきつく抱き締められる。
「ぁ、ひんっ! あぅ、あ、やぁ……あー……!」
 やはり反応は素直だ。こんなにあられもなくこぼれ続けるカルナの声は聞いたことがない。溜飲が下がる、というのだろうか。ジークフリートを乳飲み子のようにあやしていたカルナに誘われるがまま、雄として愛撫してやったのだという充実感のようなものがある。
 ちゅぽ、と品のない音をわざと立てながら顔を離す。見下ろす先のカルナはくたりと床に崩れ落ちて、瞳だけがうろうろと彷徨っている。薄氷色のそれは熱く潤んで、ジークフリートの姿を結んでほろりと溶けた。肩に縋りつく指は引っかかる程度、されど確かな意思を持ってジークフリートのアンダーシャツを引っ張っている。
 目端を濡らしあえかな息をこぼす桃色の唇は隙間から赤い舌を覗かせている。剥き出しにされた胸部、白磁の肌は強制された酔いのためかほんのりと朱を刷いて、片方の乳首だけは真っ赤に染まっていた。怪しく濡れ光るのは当然ジークフリートの唾液によるものだ。胸の真ん中で揺らめく石の赤を照り返して一層艶めかしく、淫猥に見えた。
 こうなるとまっさらなまま置かれているもう片方の乳首がかわいそうに見えるのだから不思議だ。実際、触れてもいないのにほんのりと赤く染まり屹立している。とはいえジークフリートが嬲っていた方は更に赤く、左右のアンバランスさが堪らなくいやらしい。
 愛撫を期待しているように見えて、ジークフリートは今度はそちらに唇を寄せた。ふうと息を吹きかければまた浮き上がる背筋に呼ばれるまま、べろりと舌の腹で乳首全体を舐め上げる。
「ひゃう! ぅ、う……!」
「……カルナ、声は抑えてくれ。でないと、二階のマスターたちが、」
 甲高い声に、いかにも真面目ぶって念を押す。どの口が、あるいは何を今更と呆れるところだろうに、酒精に浮かされ快感に侵されるカルナはガクガクと頷いた。
 片手でぎゅうとジークフリートの頭を抱き込んだまま、もう片方の手を口元へと伸ばす。ふらふら、ふるふると震える指先は全くおぼつかない。何一つ塞ぐことができないまま、ただ何となくかたちだけ手で口を覆う格好になった。かわいい。
 微笑みながら、真っ赤に濡れた方の乳首を爪先でそっと転がして、寂しげな方の乳首にジークフリートは口づけた。カルナがかわいい。ジークフリートのことばを真に受けて、無駄としか言えない抵抗を示すカルナが、かわいい。すぐに脆く崩れ落ち、ジークフリートを誘う仕草が、かわいい。
 ぬるりと挨拶代わりに、まだやわい乳首に唾液を絡めて。それからまたちゅううと長く、乳に餓えた赤子のように吸い上げた。
「ひぃあ、んっ……んん、ん! ふぅ、う!」
「ふぁるな……そんなに噛み締めては。ほら」
「は、ぅ、ふっ」
 寄せた手の甲を噛む姿はさすがに痛ましく、ジークフリートはつんと尖る乳首を解放して背を伸ばす。そっと手を外させて、喘ぐ唇を優しくついばむ。深く交わることはせず、労るために甘くかろく、鼻の頭に、頬に、瞼に、額にと唇を落としていった。
 ひとつ口づける度にゆるゆると弛緩していく身体はくたりと床に沈み、ジークフリートはふっと微笑んだ。心底から愛おしく思う気持ちと悪逆を悦ぶ気持ちがない交ぜになって、けれどそんなことにはジークフリート自身も気づかない。あまりに無防備なカルナの姿が反応が、ひとつずつジークフリートのうちがわの堰を壊してゆく。
 浅く歯形の残るカルナの腕を撫でる。辿って肩を、鎖骨を、赤く染まった胸は敢えて飛び越えて、脇腹を。黒い稜線を描く鼠径部を。濡れて切なく疼く場所には触れず、腿の内側を。ジークフリートの指が触れた場所から、最後に残っていた黒い衣服が霊子に解けて消える。
 ひとしきりカルナの身体を撫でた後。改めて見下ろせば陰部だけに黒を残し、その他は余すところなく白磁の肌が晒されていた。中でもやはり妖しく揺らめく赤い石と、そして真っ赤に染まったふたつの乳首がぷつんと尖って主張する胸部が淫猥に目を引く。
 ジークフリートはやかましくなる己の鼓動をどこか遠くに聞きながら、そっと。赤い尖りを指の腹で撫で、カルナの耳元に唇を寄せた。
「しかしカルナ。……いくら吸っても、出ないんだが」
「ぁ、ふ……?」
 脳みその大事なところが焼き切れて落ちていく。まるきり他人事のようにそんな感覚を抱いている。
 残りかすの理性的な自分が何を馬鹿なことをと呆れている。理解している。なのにこんなことを口走ってしまう自分に、正しくは自分などに責められているカルナに興奮を覚えるのも事実だ。
 耳輪の消えた耳朶をひと舐めして、ちゃんと飲めと誘っていた彼を見下ろす。ぱちぱちと濡れた瞳を瞬かせ、あう、とカルナは声を漏らした。ジークフリートは硬い手のひらでやわくやわくカルナの胸を揉み撫でている。ぴんと爪先でしこった乳首を弾いてやれば身体を跳ねさせて、そしてカルナの瞳がやっと胸元で焦点を結んだ。
 ジークフリートの言わんとするところを鈍い思考で悟ったらしいカルナは、果たして。
「ん、すま、ないっ……」
 やはりジークフリートの妄言を咎めるでもなく。どころか、力の抜けた腕をぎこちなく持ち上げた。
 どうするのかと見守れば、カルナの手のひらはジークフリートの手へと伸びてくる。やんわりと押しのけられ、いい加減振り払われるのだろうかといつものジークフリートが覚悟した瞬間、しかしそれは裏切られる。
 カルナの指はそのまま、押しのけた手が触れていた場所に行き着いた。つまりジークフリートが愛撫していた胸だ。どうするのかと訝る間もなく、カルナの指が薄く筋肉を覆う脂肪に食い込み、ぎゅう、と、寄せて――
「ぁんっ、んっ、んぅ」
「……っカ、ルナ」
「ぅ……すこし、まて、いま――ひゃ、ぅ、あ、出、すっからぁ……」
 食い込んで、離れて、また寄せて。
 カルナの指が、自分の胸をぎこちなく揉みしだいている。泣きの混じる声で喘ぎながら、ジークフリートの視線にも気づかずに。
 ゴクリ、と生唾を飲む音が響いても、今更ジークフリートに自重するという選択肢はない。どれほど凝視してもカルナは意にも介さず、濡れた瞳で緩やかに形を変えるだけの胸を見下ろしている。時折むずがるように下肢がジークフリートに押しつけられ、あるいは絡まるが、指先は弛まず動き続ける。
 確かに乳腺を刺激すれば母乳が出るのかも知れない。が、無論それは子を産んだ女性の話で、子を産んでいないどころか男性であるカルナがいくら刺激したところで母乳など出るはずがない。もしかするとカルナの生きた神と間近い時代にはあり得たのかも知れないが、現状カルナがいくら揉んでも肌の赤みが増すばかりだ。少なくとも現在のカルナには起こり得ないだろう。そもそもが酔っ払いの与太話程度の話題のはずである。
 なのにカルナは泣き濡れた声で喘ぎながら、無益な動きを続けている。目端を彩る潤みが不快によるものか快によるものか、あるいはいくら揉んでも出ないことを嘆いてのものなのかは解りかねるが、濡れた声は艶やかで、そそる。ジークフリートの脳みその沸騰した部分が焼けただれてしまいそうなほど。
 声だけではない。姿も、いや、この姿こそがまずい。カルナが、あの聖人とも称されるカルナが、男性にとって性感たり得ない乳首で自慰に耽っているようにしか見えないのだ。
「カルナ」
 名前を呼ぶ。過ぎた刺激に疲弊した瞳が、とろとろに溶けてジークフリートを見上げてくる。その朱に染まる目端に唇を落とす。ありえない母乳を、恐らくはジークフリートのために出そうと奮起する指に己の指を絡めて制止する。
 始めに、本人にとっては事故でしかないだろうが酩酊したのはカルナだ。酒精に侵されるままジークフリートを幼子のように扱い、なのに性的欲求をも晒したのもカルナ。男として侮られているような行動が面白くなくて、最終的に悪戯に焚きつけてしまったのはジークフリート自身だ。
 けれどもう、いい。酔漢相手に戸惑うことも苛立つことも戸惑うことも無駄だ。理性の麻痺した限りなく本能に近い行動を取る相手に理性を以て接しようなど。
 たぶん自分もカルナに酔ってしまって、欲の赴くままに動く方がそれらしい。
 取り上げられても尚胸に伸びようとする手を口元まで引き上げて、指先に口づける。
「じ、ーく?」
「いい。カルナ」
「ぅ、しか、し……」
「代わりに」
 もぞもぞと胸に戻ろうとするカルナの腕を引く。どくんどくんと、耳の奥に心臓を突っ込んだのかというぐらいやかましい音が響いている。果たしてジークフリートの欲望はどこまで許されるのか、酩酊した施しの英雄は、俺の想い人はどこまで許してくれるのか。
 まず、彼の手を。下穿きの中で猛っているものに触れさせる。硬い衣服越しでもそれが何か理解したのだろう、ぴくりとカルナの指先が跳ねた。
「ぁ……」
 表情を盗み見る。カルナは陶然とした顔で、薄く開いた唇から喘ぎを漏らしている。欲に溶けた瞳の温度が増しているような気がした。
 これは、許される。ジークフリートが手を離してもカルナの手が退くことはなく、むしろ取り出そうとするかのようにかりかりとやわく爪を立てていた。ならばまだ先へ進んでもいいだろう。カルナの手を置き去りに、ジークフリートは更に奥へと指を伸ばした。白くしどけない肢体にゆいいつ残った黒、カルナの疼きを隠す場所へ。
「ひぅ、ぁ」
「ここ」
 指先が辿り着いた瞬間、最後の黒は霊子に解けた。
 じんわりと熱く濡れた感触。恥じらい閉ざされることもなく、むしろ望んでカルナの膝は開いてゆく。ちゅく、と微かな濡れた音が響いて、やわやわと食まれるような感覚があって。
 無骨な硬い指がカルナの身体のやわらかいところに呑み込まれる様に息が荒くなる。まだ、まだ許されている。カルナの乳首を責めていたときにはあんなに潤んでいた口内が渇いている。もつれそうになる舌で、茹だった思考に浮かぶ言葉を紡いでみる。
「……俺のミルクを、下の口から飲んでくれ」
 瞬間。
 ぴたりと、カルナの手が止まった。
「ジークフリート」
 とろとろのやわやわになっていた声がいやにしっかりしている。
 恐る恐る表情を窺えば、あんなに酩酊していたカルナは嘘のように平静な瞳でジークフリートを見つめていた。
 酔いが醒めたのだろうか。マスターの令呪による作為的な酩酊である以上、切り替わるように醒める可能性はもちろんあるだろう、が、何も今、このタイミングでなくても。あるいはジークフリートの発言が酔いを醒ますほど酷いものだったか。
 カルナの冷静に焼き切れた思考が修復されてしまえば成程確かに。酷いにも程がある。
「下半身に口はないし、お前が考えているものはミルクではなく精液だろう」
「…………はい」
 淡々と返されてしまえば更に酷さが増す。しかも向けられたカルナ当人の言葉で、だと尚のこと。思わずらしくない返事をしてしまう。
 無論、先に出もしない母乳を飲めだの出すだの言い放ったのはカルナの方なのだが、だからといってそちらを蒸し返す気力などジークフリートにはないし、たぶんできたとして意味はない。サーヴァントであるジークフリートが英雄ジークフリートたる矜持を持つ以上決して為し得ないことだが、何というか、ただただ泣きたい。欲に身を任せてあまりに考えのない言葉を口走った自分が愚かすぎて。いや矜持など捨てたとしても泣けない。きっと虚無感に包まれて帰ってこられなくなる。
 何も言えないまま、ジークフリートはのろのろと身を退く。
 が、くんっと腰のあたりで突っかかり、叶わなかった。
 カルナがジークフリートの下穿きを掴んで引っ張っている。離してくれと口にする間もなく、そのまま前を寛げられた。尚萎えない猛りがぶるんと飛び出し、そのままするりとカルナの指が絡む。得も言われぬ感覚が下肢から背筋を抜け、ジークフリートは声を上げた。
「カル、ナ?」
「だから、お前の精液を注いでくれ……ここに」
 幾度かジークフリートの雄を撫で上げてカルナの手が離れてゆく。向かう先はジークフリートが最後に暴いた場所。控えめに屹立し泣き濡れる雄と、更に奥。薄くやわく、けれどまろい臀部の肉を両手で掴み、開く。自ら差し出して、白い肌の中赤く潤んで雌の部分を、ひくつく様を見せつける。
 視線が吸い寄せられる。振り切って、問いただす意味でカルナを見つめれば淡く色づいた頬を緩めていた。薄氷の瞳はとろりと溶け落ちて、朱を引いた目端を濡らしている。誘っている。
 酔いが醒めたわけではない、らしい。渇いた口内にどろりとした欲望が溜っていく。飲み下す。ごくりと高く響いた嚥下の音に、カルナはゆるりと唇を開いた。
「おいで、じーく」
 最後に両腕を広げて微笑まれてしまえば、ジークフリートには抗うべくもない。
 ゆっくりとカルナの身体に己の身体を重ねる。同時に最後に纏っていた軽装備も全て霊子に還して、素肌と素肌が重なっていく。カルナの尖った乳首の感触が直接ジークフリートに伝わって、静かな興奮に奥歯を噛む。
 ゆるやかな重なりに反して、下肢は性急だった。カルナによって取り出され穏やかに育てられた雄は表面に血管を浮かび上がらせ、腹につくほど猛っている。獣のように腰だけを蠢かせてカルナが晒していた後孔を探り当てれば、ぷちゅりと濡れた音が上がった。
 指と同じように、あるいはもっと貪欲に食まれている。目の奥が熱くなる。鼓膜のすぐ後ろで心臓が脈打っている。ぐっと腰を沈めるのと、ジークフリートの背を抱き寄せて這うカルナの指先が菩提樹の葉の痕に触れたのは同時だった。
「――く、ァ! カル、ナっ!」
「ひ、アっ……ああああ、や、じ、ぃく、じーくぅ!」
 感覚が昂ぶっているタイミングでそこを触られると自制が利かなくなる。ゆいいつジークフリートを死に至らしめうる証にして、生へと直結する部分。揺さぶられる衝動に指を滑らせながらもカルナは決してそこを離そうとしない。
 ちかちかと視界が明滅する。本能が真っ赤な色をしてジークフリートの理性を押し隠し、慈しみ愛してくれる生きものを蹂躙したくて堪らなくなる。ただのけだものの衝動はジークフリートを侵す邪竜のものなのかジークフリート自身の本性なのかはわからない。
 ただ、カルナはやはり全てを許していた。むしろがくがくと揺れる足をジークフリートの腰に絡め、もっともっとと求めてくる。ずんと押し込めば啜るようにやわらかい肉が蠢き、ずるりと引けば切なく引き留めてきゅうきゅう締めつけてくる。
 率直に言って、いやらしい。サーヴァントの身では不要の器官ではあるが、まるでジークフリートの雄を貪り生を搾り取るためだけの場所と化している。濡れてほぐれてやわらかくうねって、肉襞の一枚一枚が絡みついてくる。きっと女性よりも、いいや発情期の雌よりもずっと貪欲だ。
 なのにまだ、理性のある言葉を吐く。笑う。
「ぁ、んっ、じょうず、に……はぅ、いれられた、ぁ、な?」
 あるいは逆に理性を手放したからこその台詞なのか? やはり酩酊した者が何を言おうと、意図を知ることなど到底できそうにない。
 だからジークフリートは歯噛みする。きっと意味のない言葉の羅列をそのまま受け止めて、また余裕のある微笑でジークフリートを撫で抱き締め包み込むカルナを憎らしくすら思う。貴方のうちがわはこんなに隙間なく俺を求めているくせに、全てを許し与える母の姿であろうとするのかと。
 酒に酔い理性を鈍らせたカルナが考えているはずもないのに、カルナに酔い理性を焼き切ったジークフリートはそんなことにも気づかない。
 カルナの首筋に頭から沈み込み、目前の皮膚にかぶりつく。言葉にならない喘ぎを漏らし、カルナのうちがわが更にきつく締まる。ごちゅ、と音が響くほど奥、これ以上進めないところまで押し込めばカルナの滑らかな尻肉にジークフリートの恥骨がぶつかる。腹の下では泣き疲れたカルナの雄が擦れてぬるついていた。
 閉じた隘路、開いてはいけない秘所をこじ開けるべく腰を振り続ける。ほとんど獣だ。亀頭をぐりぐりと肉に食わせ、同じ分だけ食べられる。暴力でしかないだろう行為を快感として受け止めて、あまつさえ応えようとする様は淫乱なのか、万事を受け入れるカルナの性質ゆえなのか。
 もしもカルナが真実女性で、ジークフリートの責め立てる奥に子を孕むための器官があるのなら。きっとジークフリートの子種を迎えるために下がって緩んで、余すところなく飲み込んでくれるだろう。注いだ精液を魔力に還元できるとはいえ本来意味のない行為である今ですら、にゅぐ、ちゅくと啜っているのだがら。
 想像と、現実の刺激と、カルナのなかのやわらかさあたたかさに更に雄が猛る。
「はッ――ぁ、は、おおきくなっ、んんっ」
「ぐっ、カル……ナっ!」
 不意に、腹部をカルナの手が掠めた。カルナの手が先走りで濡れた腹に伸び、うちがわを犯すジークフリートのかたちを確かめるように撫でる。愛おしそうに、胎の子を慈しむように触れ――そっと押した。途端、手つきの柔らかさに反してきゅうううときつく、カルナの裡が吸いついてきた。
 睾丸がせり上がっていくのが自分でもわかる。尾てい骨から腰を、背筋を快感が這い上がり、菩提樹の痕でじんとわだかまる。脳髄へ上がり眼球の奥を焼く。視界では苦しそうに眉根を寄せて、なのに瞳をとろかせて、そして唾液に濡れた唇には微笑を乗せたカルナの姿だけがある。
 唸る。ただの獣のように。声も理性もない響きに、カルナは正しくジークフリートの顔貌を汲み取って、受け入れた。
 即ち、子種を溢れるほど注ぎたい、孕ませたい。ジークフリートの雄としての征服欲を。
 片方の手で孕みもしない腹をさすり、もう片方の手でジークフリートの背の急所を撫で、抱き寄せる。そうしてカルナは愛の告白よりも厳かに囁いた。
「ジーク、ジークフリート……だせ」
 うつくしく微笑んで、口づけられて。
 獣の衝動に人の愛を与えられた。すべてを許し与える抱擁で以て迎えられ、赤く明滅していた思考が白く優しい光に塗り替えられる。
 満たされる感覚と同時に射精して、満たしていく。ぴくん、とカルナの身体が跳ねて、腹部に温かく濡れた感覚があって、それからゆるりと弛緩した。
 心地よい虚脱感にジークフリートも崩れ落ちる。重なった体温がぬるく、酩酊に火照る身体にはちょうどいい。カルナの手がまたジークフリートの後頭部を抱き寄せて、幼子にするように撫でてくるからまどろみすら覚える。
 母の胎のうちがわ、温かい水の中の世界を錯覚する。
 生まれる前にはこんな安楽があったのだろうか、と。
 もしもここに、還れるとしたら。
 気怠い腕を動かして、カルナの薄く、けれど今は膨らんでいるような気がする腹を撫でる。ぬるりと、カルナの吐き出した白濁が広がる。
「ん……たくさん、だせたな」
 ジークフリートの手に指にカルナのそれが絡まった。ふたつの手で子種が満たす腹を撫でる。そっと頭を持ち上げて見下ろせば、カルナはやはり無垢の笑みを浮かべていた。
 全てを許容し、許し、包容する。男として見てはもらえないのかと、憤ってしまう程の慈愛。
 だがこれは、全てジークフリートに向けられているものだ。ジークフリートだけに向けられるものだ。ジークフリート、だからこそのものだ。
 幾度も幾度も呼ばれた名前をよすがにして、それでも酩酊した思考ほど頼りにならないものなどないだろうと知りつつ――ジークフリートはカルナの額に、己のそれを押し当てた。やがてすうすうと静かに響く呼吸音にカルナの眠りを察するまで、ぬるい熱を重ねるだけの格好で。


「昨夜は、お楽しみでしたね」
 翌朝のことである。
 夜の凶行はすっかりなりを潜めたマスターにマシュがかけた言葉ではあるが、ジークフリートは思わずおかしな声が漏れそうになるのをすんでの所で堪えた。
 他意などあるわけがない。一晩の借宿を出立前に片付けようと、夜には宴が開かれていた場所に立てば寂寥感もあるだろう。マシュに他意など全くあるはずがない。マスターたる少女も酒精の名残で痛むらしいこめかみを押さえながら、それでも少しばかりしんみりした表情で頷いている。全く、他意などない。
 ただジークフリートだけが内心で狼狽え、エレナは仕方がないとでも言うように溜息をつき、エウリュアレは黙したまま意味深長な――女神に対する形容としては不適切だろうがつまるところニヤニヤとした――笑みを浮かべている。
 気づかれているのだろうか。気づかれているのだろう、たぶん。遠回しに尋ねるほどの器用さはジークフリートにはなく、それよりも今まさにマスターが行き来している床に昨晩の痕跡が残っていないか気を揉む方が先だった。
 酩酊のためか行為によってか、本来不要なはずの睡眠で意識を落としてしまったカルナを霊体化させることもできず、ジークフリートはカルナの身を清め二階の寝室まで運び、なかなか酷い有様になっていた床の清掃までこなした。何度も確認したので一見して行為が露見するようなことはない、はずだ。恐らく。生前の身分柄あまり要領を得たものではなかったがたぶん。
 ちらりと、傍らのカルナに視線を送る。乏しい表情でマスターを見守る表情に昨夜の色など微塵も残っていない。令呪による酩酊のためか、マスターのように飲酒翌日の弊害に悩む様子もなかった。ひょっとしたら酩酊時のことなど何も覚えていないかも知れない。
 一晩の夢だ。そう思えばいいし、そうとしか思えない。涼やかで高潔な武人としての立ち姿に、昨夜の幻影を探している自分の方が間違っているのではないかとすら思う。
「ジークフリート」
「っ、な、んだ」
 マスターを見つめる姿勢のまま、カルナが不意に名前を呼んだ。動揺を隠せもしないまま答えれば、ちら、と目端だけで見上げられる。
「そんなに見つめてくれるな」
「ぅ……いや、すまな」
「疼きそうになる」
 い、と続くはずの言葉が消える。
 カルナが黄金の首輪をほんの少し、指先で押し下げる。少しばかりジークフリートの方が背丈があるため、その下の素肌が覗き見えた。そこには昨夜ジークフリートが噛みついた痕が、うっすらと残っている。
 カルナは笑みを浮かべていた。昨晩散々与えられ見せつけられたものとは違う。もっと身近くもっと悪戯な笑みを。
 詰まっていた言葉を、肩と共に落とす。
「覚えているのか」
「さてな」
「……カルナ」
 自然、漏れた声が恨みがましい響きを含んでしまったことぐらいは許して欲しい。
「答えは、カルデアに戻ったらな」
 首輪を元の位置に押し上げた手がそのまま首筋を、剥き出しの胸の宝玉を滑り、薄い腹へと辿り着く。ゆるく撫でるような仕草が既に答えのような気もしたが――ジークフリートは押し黙って、せめて不自然でない程度に口元を覆った。
 酩酊していようがいまいが、この人には敵う気がしない。酒精のない素面の夜を憂うジークフリートを、カルナは密やかに笑って見つめていた。
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