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ハローグッドバイ冬の魔物

 冬の魔物。それをジークフリートが購入したのはクリスマスが終わってすぐ、年の瀬も迫る最中だった。
 年末年始に仕事が入っていないから、という今ひとつ要領を得ない理由で若草色の大きな看板を掲げた家具店に二人で趣き、迷いなくそれを選び取った。最初からチラシを見て目星をつけていたらしい。
 カルナはといえば妙に浮かれた様子のジークフリートに水を差すこともできず、せめて箱を担いで帰る彼に途中で交代を申し出るぐらいしかできなかった。それすら俺の勝手で買ったものだから、着いてきてもらうだけでもありがたいからとまた納得しかねる理由でやんわりと断られかけたが、オレも使うものだからと言い募ることでやっと四角く大きな箱を受け取ることができた。このときジークフリートが一瞬目を丸くして、次の瞬間花が咲くように顔を綻ばせた理由は未だにわからないでいる。
 ともあれそれは無事、高層マンション最上階、ワンフロアを丸々占めるジークフリート宅にやってきたのである。物事への関心が薄いカルナではあるが、この家の中でゴシック体ででかでかと印字された店名が目立つ段ボール箱を解き、総本革の英国製ソファとマホガニー材のリビングテーブルを二人がかりで移動させ、精緻な模様の美しいペルシャ絨毯の上に箱から取り出し組み立てたそれを設置するのはさすがに気が引けた。もちろん、珍しく喜色を隠しもしない様子で一緒に購入した安っぽいチェック柄の布団を広げるジークフリートに何か言えるはずもない。そうして高級家具で揃えられた天井の高いリビングに遂にそれは姿を現したのである。
 差し向かいにカルナとジークフリートが入ればいっぱいになってしまうだろうと容易に想像できる程こじんまりとした、お値段にして諭吉を出してなおお釣りが来る――カジュアルこたつが。
 早速電源を入れ、ジークフリートがその長い足を掛け布団の中に差し入れる。カルナはといえば重厚でシックな室内と安っぽいカジュアルこたつと、今をときめくアイドルとの組み合わせに困惑し立ち尽くす他ない。ので、黙って側に突っ立っていたのだがジークフリートに手招かれた。導かれるまま角を挟んで隣に座り、そっと布団の中に足を入れる。捲った布の奥は赤い光が灯っていたが、まだ十分には温まっていない。少しひんやりしたジークフリートの足を避けて膝を折る。
「絨毯も買い換えればよかったな」
「……こたつ用の敷き毛布が売っていただろう」
 カルナには想像もつかないだろう金額のペルシャ絨毯を、自称・お値段以上のこたつのために取り替えてしまうのは豪胆に過ぎるだろう。絨毯の上に敷き毛布を据えるだけで十分だ。答えればジークフリートはならまた今度買ってこよう、と嬉しそうに呟いた。
「休みはまだ少しある。カルナは?」
「大学は十日からだし、三が日が明けるまでバイトは休みだ。……忙しいだろうから手伝うと言ったのだが」
 カルナのバイト先は商店街の花屋である。祝事を飾る花の注文で忙しいに違いないのだが、先日渡されたシフト表は年末年始がすっかり休みの赤で塗られていた。店主曰く、正月は宿命の敵との趣味の直流交流勝負で忙しく、年末はその準備で忙しい。まともに店を開けていられないし店を訪れる客もわかっているからと。
 開店休業。全く忙しくないしあたし一人で十分だから、あなたはゆっくりしなさいな。先輩にしてバイト仲間である才女に肩を叩かれ、カルナは大人しく頷いた。納得しかねる部分もあるがその分三が日明けから働こうと決めて、このように穏やかな年末を迎えているわけである。
「なら、もうしばらくこうして過ごせるな」
 ジークフリートは至極嬉しそうに言う。カルナはそっと首を傾げた。
「そんなにこたつが嬉しいのか」
「こたつが、というか……そうだな、確かにこういったものに触れるのは初めてだが」
 膝の上に置いていた手に、ひんやりとした感触。大きなジークフリートの手のひらがカルナの手を包んでくる。
 気恥ずかしそうに目を逸らしながら、ジークフリートは囁いた。
「貴方と買い物に行って、二人で荷物を持ち帰って、組み立てて、設置して、こうして隣でゆっくり過ごせる。そういうことが、嬉しい」
「……そうか」
 握られた手を、少しだけ握り返した。
 二人の体温が均されて、ぶぅんと低く唸るこたつが足元で温度を上げて、それから何故か、胸がほんのりと温かい。
 しばらく二人で黙って温もりを分かち合う。ジークフリートは意外と体温が低く、同じ温もりになるまではしばしの時間を要した。布団の中も握った手もぬくぬくして穏やかで、ほんのりと眠気を覚える。
 冬の魔物。級友の誰かがそう言っていた。一度入ると抜け出せなくなる、抗いがたい魔力を持つのだと。才女だったか、あるいは大学で共に作物の手入れをしている級友だったか。
 瞼がぼんやりと重たくなって、ゆるく頭が落ちてくる。それほどの時間が経ってから、ジークフリートが静かに口を開いた。
「カルナは、こんな風に誰かと過ごしたことがあるか?」
「……そう、だな」
 眠りを無理に覚まさない優しい声に、とろとろとまどろんだまま答える。夢なのかうつつなのか曖昧で、ただやわく握ったり解いたりされるジークフリートの手のひらが現実だと伝えてくれる。
 だからだろう、綿飴のようにふわふわと輪郭が曖昧で、甘い記憶が浮かんでは消えてゆく。
「母と暮らしていた頃はあまり豊かではなかったし、それこそ母と……弟たちと、こたつで身を寄せ合っていたような気がする。次の養父母たちとは、そういう距離感では、なかった、な」
「……そうか」
 ぎゅっと、現実を知らしめるようにジークフリートの手に力が込められた。
 彼は勘違いしているかも知れないが、別に悲壮な話でも何でもない。もしかすると他人より少しだけ、人と人との間を行き来して生きていたかも知れない、というだけのこと。その分、多くの人と出会い慈しんでもらった。その分他人より少しだけ、幸運だった。それは胸を張って言える。
 何よりこんな生まれ育ちだったからこそ、今こうしてジークフリートと二人で過ごせているのだから。
 曖昧な世界の輪郭を辿る。ジークフリートの指の一本一本に己のそれを絡めて、そっと力を込める。
「カウラヴァでは、争奪戦だったな」
「……うん?」
「こたつが。何せ、百人の兄弟がいたからな」
 ジークフリートが首を傾けて耳をそばだててくる。温まりすぎた身体に低い気配が心地よく、肩の辺りにもたれかかってみる。ちょうど内緒話をする格好のようだ。頬に触れるジークフリートの髪にくすぐられ、思い出も相まって微笑がこぼれた。
 カルナは母の元から里子に出され、貧しくも誠実な夫婦に引き取られた。結局、夫婦のもとからもカルナは離れることになり、最後に行き着いたのはドゥルヨーダナの営む孤児院――カウラヴァだった。
 生きていくために必要なものは全てあったが、カウラヴァにはドゥルヨーダナの兄弟となる子どもたちが百人いた。正確には院を出て自活している者もいるのでもう少し少なかったが、大所帯には変わりない。こたつなどという四辺しか許されない宝具は弱肉強食の争奪戦だった。
「それは……凄まじいな」
 ジークフリートにも想像できたのか、神妙な声で頷く。それがまたおかしくて、カルナは機嫌良くジークフリートの手を握ったり開いたりしてみる。
「ああ。オレはもともと……体温が、高いからな。彼らを押しのけてまで恩恵に預かりたいとは思わなかったし、戦いに敗れた幼い子どもを膝に抱いたりしていたが」
「……ふぅん?」
 どことなく、面白くなさそうな声だった。
 するりと、絡んでいた指が解ける。やわく押しのけられて、浮遊感と一抹の不安がよぎった。ジークフリート、と声を呼んだ瞬間にはもう、彼の身体は隣にない。
 何か、気分を害することを言っただろうか。あれだけ楽しみにしていたこたつから早々に抜け出してしまうなんて――と思った瞬間にまた、浮遊感。今度は身体全体が浮き上がるような。
「ジー、ク、フリート?」
「なるほど」
 不意に触れたこそばゆさに、ん、と思わず声が漏れた。
 こたつよりも低く、なのにもっとずっと安心する温度に包まれる。薄いセーターを纏う腹がぎゅっと抱え込まれて、頬にはさらさらした感触。続くジークフリートの声は随分と近く、後ろから聞こえた。
「確かに。温かいな」
「ぁ、そう、か」
 温かい、なんてものじゃない。耳朶をくすぐる吐息が熱い。
 ジークフリートの膝の上に乗せられて、後ろから抱き締められている。ジークフリートが抜け出て入って、その動作の内にこたつが孕んだ冷たい空気が二人分の体温と一緒になってかき混ぜられる。
 カルナは他人より幾分体温が高い質だが、反対にジークフリートは他人より体温が低いらしい。いつ触れてもどことなくひんやりしている。
 だから余計に温かく感じているのだろう、と思う。ジークフリートは内側に囲うようにしっかりとカルナを抱き込んで離さない。すっと通った高い鼻梁ごと、カルナの肩口に顔まで埋めている。
 そんなに寒いのだろうか。先日ジークフリートから贈られたセーターは襟ぐりが大きく開いているから、カルナの肌に直接ジークフリートの鼻が触れている。確かに、冷たい。
 先ほどの思い出話ではカルナが膝に乗せてやる側であって膝に乗せられる側ではないのだが、二人の体格差を考えるとカルナがジークフリートを膝に乗せてやるのは少々苦しい。膝枕あたりがせいぜいだろう。いずれにせよ、ジークフリートの機嫌も良い方に戻っているようなのでよしとする。このままカルナの肩口で喉でも鳴らしそうな勢いだ。
 いつもメディアで見るときには綺麗にセットされている髪が案外ともふもふしていること、すらりとしたスタイルの良さと卒のない立ち居振る舞いを売りにしている割りに家の中では――特に寝起きなどはのっそりと動くこと。外では見られない姿を知っているカルナはジークフリートのことを大型犬に似ていると密かに思っている。今も気に入りの玩具を小屋に引き込んで、齧りつく犬の姿に似ているかも知れない。いや、ぐりぐりとカルナの肩に顔を擦りつける仕草や暖を求める姿は猫だろうか? いずれにせよ、今のジークフリートはいつにも増して動物的だ。普段より更に口数が減っているし。
 そう、ジークフリートは黙ってカルナを抱き締めている。少しだけ、困る。お互いお喋りな質ではないし、二人で一緒にいて沈黙が続くなんていつものことだ。それを苦痛に思ったことはない。今だって別に苦痛ではない。
 けれど、子どものように抱かれて――あるいは子どもがするように抱きつかれて、密着したままの沈黙は、困る。後ろから抱かれているからジークフリートの表情も、ひいては何を考えているかもわからない。頬や、耳朶や、首筋に感じるジークフリートの体温が、どうしてかカルナの胸をざわめかせて落ち着かない。
 どうすればいいのだろう。
 考えた末、とりあえずちょっとだけ動いてみる。ますます強く抱き締められた。
「……寒いのか?」
 問えば声もなく、肩にぐりぐりと額を押しつけられる。たぶん首を横に振ったのだ。
 寒いのでなければ何だろう。ぎゅうぎゅうに抱き締められながら、相手にしているのが動物なのか聞き分けのない子どもなのかわからなくなる。いや、ジークフリートなのだが。
 考えて、考えて。最後にカルナは、そろりと腕を持ち上げた。温かいこたつの中から外へ。そのまま、顔の真横にあるジークフリートのつむじに触れてみる。ぴくりとカルナを包む身体が跳ねた。
 それきり首を振るでもなく、むしろゆったりと頭を預けられたような気がする。
 嫌ではない、気持ちいいのだろうか? そのまま触れた手を左右に滑らせてみた。幼い頃、曖昧な記憶の中で母がしてくれたように。ドゥルヨーダナが兄弟たちにしていたように。
 よしよし、と。撫でてみる。
 思えば、だ。カルナは別段隠すことでもないと思っているし、ジークフリートが求めてくるからと己の過去を詳らかにしている。彼は優しい目をして聞き入れて、貴方は今まで苦労してきたのだからと何かにつけてカルナを厚遇……ではなく、彼曰く甘やかしてくれるが――ジークフリート自身はどうだろうか。
 あまり聞かれたくはない、という目をしている。カルナも無理に聞き出そうとは思わないから、三年ほどジークフリートの家に住まわせてもらって一緒に暮らしているのに彼の生まれ育ちについて深くは知らない。
 実家が海外にあるらしいこと。貴族の末裔らしいこと。国を離れ持て余すほど広い部屋に一人で暮らしていること。カルナが越してくるまではハウスキーパーが出入りするだけで、カルナが越してきてからも知りうる限り訪ねてくるとかジークフリートが帰郷するとか、そういった実家の影がないこと。せいぜい近くに住む義弟のジークが時折訪ねてくるだけで、彼とも血は繋がっていないらしいこと。それぐらいだ。
 らしい、という曖昧な部分を除けば、あとは知らないということを知っている、ぐらいの事実しか残らない。それでもジークフリートがカルナと同じように、あるいは――カルナ以上に、家族という存在に縁遠いことは感じ取れる。カルナは何だかんだいって実母に気にかけてもらっているし、不本意を隠しもしないアルジュナが実母の使いとして頻繁に会いに来る。養父とも親友とも呼べるドゥルヨーダナは言うまでもない。
 ……甘やかされるべきはカルナよりも、ジークフリートなのではないだろうか。ジークフリートには仕事上の知り合いが多く、実際彼らがジークフリートのことをとても、仕事仲間という以上に大切にしていることも知っているがそうではなくて。
 柔らかいジークフリートの髪を、右に左に撫で続ける。こたつの恩恵を受けられる部分ではないから、冬場の髪の毛は案外と冷たい。カルナの体温が移ってぬるまるほどの時間があった。
 唐突に、カルナの視界がぐるりと回った。
「ジークフリート?」
「カルナ」
「どうし……ん、む?」
 急に口づけられて目を瞬いた。
 ジークフリートがカルナに好意を抱いてくれていることは了解しているし、カルナも同じようにジークフリートのことを好いているつもりではある。口づけも、それ以上のことも交わして全てを許し合った仲ではあるが――今のは、そういうタイミングだっただろうか?
 ぬる、と唇を舌でなぞられる。これは催促している、ということだ。大人しく開けば、少し低いジークフリートの熱がカルナの舌に触れる。絡め取られる。ぴちゃり、と音が響いて、ぬるぬると舌で舌を舐められて、唾液が混ざり合う。喉の奥まで押し込まれて飲み下す。ぢゅっと吸い上げられて酩酊する。熱が上がっていく。
 甘くて、気持ちいい。くらくらする。酸素が足りない。
 カルナのことなんて全部わかっているかのようなタイミングで唇が解放された。はぁ、と息を吐いて、きらきらと落ちる銀髪を透かし見上げる。同時にぎゅっと抱き締められた。
「ありがとう」
 ジークフリートは穏やかに、幸せそうに笑っていた。
 礼を言われることなど特になかったと思う。先ほどのキスのタイミングといい、自分の感覚がずれているのだろうか。ジークフリートがずれているのだろうか。いずれにせよジークフリート以外とこうして触れ合うつもりはないから、彼のペースにさえ合っていればそれでいいのだが。
 とはいえだ。小首を傾げるカルナのセーターの内側にするりと入り込んでくる手がある。これを今看過するのは少しどうかと思う。ジークフリートの頭を撫でているのとは反対の手で、悪戯な腕をぺしりとやわく叩いた。
「だめか」
「だめ、という訳ではないが」
 きゅうんと寂しげに鳴く犬の声を聞いた気がした。眉尻を下げて見つめてくる姿は抗いがたいものがある。しおらしいくせに潜り込んだままの手は腹筋を擽り続けていて、あう、と抑えきれない声が漏れた。
 胸がざわざわするし、熱い。ジークフリートの低い声に晒された耳も、絡ませ合った舌も、こたつ布団に入ったまま両足も。ジークフリートに抱き締められた身体の全部も。
 今こうして服を暴いてくるということはここで始めたいのだと思うが、こんなに熱いままジークフリートに抱かれてしまったら正気を保っていられる自信がない。最悪、落ちてしまうと思う。
 あんなにジークフリートが楽しみにしていたこたつを汚してしまうのも悪いし、それにここで抱き合ってジークフリートに風邪でも引かせてしまったら。彼の仕事は自分のアルバイトより遥かにたくさんの人と関わるものだ。そこに穴を開けてしまうのは悪い。
 抜け出す意思を示すため申し訳程度にもぞもぞと足を動かして、ジークフリートの腕に甘く爪を立ててみる。
「するなら、ベッド、で……んっ」
「ベッドなら、いいんだな?」
 お返しとばかりに耳朶に歯を立てられた。欲を隠さない触れ方に、あるいは熱を持ちすぎた身体のせいで力が抜ける。くたりと崩れたところでジークフリートが後ろから抱き留めてくれるが、嬉々としているだろう様子が嫌というほど知れた。
 熱を持って溶け始めた思考が、ジークフリートが嬉しいならいいか、で落ち着き始める。ジークフリートはまだ大学に籍を置いてはいるが仕事が仕事だから、こうやって二人でゆっくり過ごすのは久しぶりだ。そういう日々を寂しかったとは思わないが、何でもない時間を過ごすのはカルナとて嬉しい、と思う。
 こくりと頷いて、自らジークフリートの首に腕を回した。このまま寝室まで抱き上げて運んでくれるだろう。思った通り、背中と膝裏に腕を回されて温かいこたつの世界から連れ去られる。温度差を感じる間もなくすっぽりと囲うかたちで抱き締められて、理由もなく笑みがこぼれた。
「どうした?」
「うん? ……お前のからだも温かいな、と」
 前髪をかき分けて額に唇を落とされる。こそばゆくてまた頬が緩む。
「オレも、お前とこうして過ごせて、嬉しい」
 ほろりと言葉がまろび出れば、ジークフリートは一度ぴたりと動きを止めた。どうしたのかと見上げた瞬間、表情を確かめる間もなく抱きすくめられた。
 苦しいぐらいきついのに離して欲しいとは思わない。どうしようもないくらい、この腕の中が心地いい。またぐりぐりと顔を押しつけてくる仕草はやはり犬か猫か、甘えたがりの子どものようだ。カルナは今度は苦笑してジークフリートの頭を撫でてやった。
 しばらくは必要ないかも知れない。ジークフリートでいっぱいで、既に視界から消えてしまったこたつのことを思う。熱を分け合うだけなら二人だけでも十分に過ぎる。
 ただ、二人寄り添ってぬくぬくとまどろんだ、あの時間を与えてくれたこたつは偉大だ。
 高級家具を押しのけてリビングの真ん中に居座るカジュアルこたつが、今は酷く馴染んで見える。しばらくは別れることになるが、また後で。カルナは優しい冬の魔物に心の中で告げて、何より温かい男をそっと抱き締めた。今日はできるだけ甘やかしてやろうと思いながら。
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