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やみにこうして

 におい。音。あまりにも慣れ過ぎてもうわからないほどのそれ。
「ん、ん……ぷあ、」
 充満する青臭いにおい。そこかしこから響く粘ついた水音。荒い呼吸、喘ぎ声と笑い声、侵される聴覚と犯される――
「ひ、あっ!?
 何かが、ずるりと、耳に触れる。唐突な感覚に思わず体が震えた。震えは全身に波及する。喘ぐかたちに開いた唇からは咥えていた怒張が零れ、後孔は押し込まれた猛りをきつく締めつけた。
 背後から犯す男が呻く。みっしりと体内を埋め尽くしていた肉が更に質量を増す。
「うあ……んぅ」
「少佐、こちらも」
 落ちてくる声に視線を動かせば、目の前に雄が突き出される。赤黒い肉はてらてらとぬめりを帯びて光っていて、先ほどまで咥えていたものだと知れた。男の先走りと混ざる自分の唾液の味、ジンは微かに喉を鳴らして舌先を伸ばす。触れる雫は苦く、ジンは緩く眉根を寄せた。
 艶かしく揺れながら自ら咥え込む。その表情に煽られたか男は更に腰を打ち付け、喉奥へと押し入る肉にジンは呻く。
「ん、ふぅ……ん、ん」
「少佐、私のも是非」
「は……あっ、や」
 別の男の声と共にまた耳に触れる感覚。ぞわぞわと纏わりつくそれを振り払うように顔を背ければ押しつけられた肉塊はずるずると頬を滑り、薄く開かれた唇へ侵入しようと蠢く。
 また口から離してしまった先程のものも含めて、二本。濡れ光る赤黒い肉。
「……いやらしいですね、少佐。一度に二本も」
「ち、がぁ…はぁあっ、あ!?
 誰かの声に抗おうとして、落ちてくる声と視界がぐるり、回った。後孔に突き入れられた肉棒を支点に反転させられたらしい。後ろから犯していた男が見下ろしている。
 回転と同時に擦れた蕾がじくじくと熱く、実際繋がっている箇所は真っ赤になって綻んでいた。ジンは目を見開く。見えている、男の肉を咥え込んでいるところが。ぞっとする。
「あ、や……やめっ……」
「よろしいじゃありませんか、こうすれば少佐の顔も咥え込んでいるところもよく見える」
「ひっ――ん、ぐ」
 高く浮かされた腰を押さえられまた限界まで突き込まれる。ひゅうと、どこか虚しい音をつれて息を吸い込んだ口には二本の肉棒が押し込まれた。
 濡れた音と共に打ちつけられる腰と口内を侵す苦味、加えて姿勢が変わったことにより、荒い呼吸と不躾な視線が熱を孕んで落ちてくる。
「んっ、んっ……」
 目が。目が、目が。いくつもの視線が、
「少佐、」
 見ている。犯されている。がくがくとなすがまま揺さぶられる脚の白さは異様な空間の中いやに眩しい。無理矢理開かされた蕾は赤い生々しさで蜜を零す。零れたものは淡い茂みを濃く彩って流れ落ち。
「見られるほうが感じるんですか?」
「んぅ、ぐっ……!」
 その先で弱々しく震えるジン自身をも濡らしていた。
 咥え込まされる男たちのものに比べれば熟しきっていないとでもいうべきか。それでも与えられる苦痛にか転じた悦楽にか悦び、腹につくほど反り返っていた。
 違う。ジンが首を振ろうと気にかける者はない。意思も感情もそそる身体と煽るだけの色の前には何の意味もなさない。男たちはもちろんジン自身すら。
 ただ一人を除いて。
 軋む扉と差し込む一筋の光。ジンは辛うじて視線だけを動かす。腐敗した室内に仄暗く差し込む光は決して救いなどではない。
「――少佐」
 穏やかな笑いを含んだ声と耳の奥に突き刺さる靴音にジンの意識が浮上する。
 もう一度扉が軋む。唯一外界と繋がる扉はご丁寧にも再び閉ざされ光は絶える。被せるように男は笑っていた。おや、白々しい声は考えるまでもなくジンに向けられている。
「随分気持ちよさそうですねェ」
「んっ……はっ、貴、様」
 顔を逸らせば微かに粘着質な音を残して。赤黒い塊はあっさりと口内からまろび出た。荒い息をついて、獣のように欲に身を任せて、そして嘲笑うように口の端を吊り上げていた男たちも今は動きを止めている。すべてこの男の登場によるものだ。ジンの思考もこの男に対する感情で塗り潰されていく。
 濃い精の染みついた空気がぞろり揺れる。何のことはない、男が歩を進めただけだ。諜報部などという所属柄か、夜に溶ける色をした外套はこの忌々しい部屋の中では薄気味悪く見える。
 男はただでさえ笑みに隠れている目元を帽子を被り直すことで閉ざし、またふらりと一歩踏み出した。ひとつ靴音が響くたびに、ジンを取り囲んでいる男たちの頭がひとつ揺れる。ひとつ、ひとつ。ひとつ、ひとつ。滑稽にすら見えるそれを繰り返せば、ジンを押さえていた手は、押し付けられていた欲は、貫いていた肉は徐々に退いてやがてジンの身体は解放される。そして道をなすように開けた人垣から男は悠々と進み出た。
「……ハザマ、大尉」
 男の名前を呼んだのは誰だったか、恐らくジンを貫いていた男だろう。誰であれつい先ほどまで一方的にジンを辱める言葉を浴びせていた声がわずかに震えを伴っているのは笑える話だった。この状況でなければそうしていただろう。しかしジンの注意は変わらず男だけに向けられている。名を呼ばれた本人はといえば、意に介した風もなくジンの傍らに膝をついた。
「嬉しいですかキサラギ少佐? こんなに大勢に見られて、犯されて」
 ぎり。不快な音。それでもきつく奥歯を噛み締める。
「何を……けぬけとッ……貴様がッ……!」
「ん? ……ああ、もしかして何か勘違いをしていらっしゃいますか?」
 ハザマが首を傾げる。道化じみた所作の真意は読めない。しかし何か、微かに、
「少佐」
 笑みのかたちに細められている瞳が、暗く金色に揺らめいた。
 その次の台詞に、ジンが一瞬覚えた違和感は霧消する。
「助けてほしいですか?」
 言葉の意味がわからなかった。
 この男が自分を助ける? 何から? まさか今この状況からか? そんなはずはない、この男こそが、自分を――
 疑問も不審も隠すことなく見上げるも男はこれ以上口を開く気はないらしく、いつもの笑みを浮かべ、黙って見下ろしてくるだけだった。