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「愛してたんだよ」

 愛して。泣いてねだっても。愛してよ。笑って脅しても。与えてくれない。
 どうすればいい。とは。考えるまでもなく。最後ににこり、笑ってみせる。
「じゃあ、殺しちゃおう」
 表情は消え失せて声も低く。ただ翡翠の瞳の底の底に仄暗い煌きが瞬いては消えている。
 ぎりぎりと。絞まる。塞ぐ。もがく。喘ぐ。晒されれば存外に白い喉は五指の下で跳ねる。水を求める魚の様。ああ、愛しいなあ、欲しいなあ。でも与えてはもらえないと知ってしまった、だから殺してしまおう。
「いいんだよ、」
 愛してくれないならそれでもいい、けれど自分には与えてもらえないそれが欠片でも自分以外の誰かに向けられることがあるとしたら。耐えられない、考えることもできないほどだ。それは恐怖だと思う。
 ゆっくり、ゆっくり。指先に力を込めて。指先に愛を込めて。苦痛に歪んでいく表情と痛いほど響く喘鳴は応えるように。ぶちりと筋が切れる、錯聴。錯覚。今この指先にはすべてが宿っている。
 涙に濡れた二色がぐらぐらと揺らぎ彷徨った末、己を殺す腕を辿り翳りを落す翠瞳へ。溶けるように苦痛の表情が凪いでいく。代わって、さざめく自分の感情。
 何か、間違ってしまったような。
 やわらかく血の気の引いていく音が耳の奥に谺する。
 ぱたぱたと涙が散る。どこから散った水なのか、それは頬を濡らした本人しか知らない。かさついた唇は喘ぐことも忘れて言葉を繋げる。声はない。


 あいして、じゃなくて、あいしてる、だったら

 おれもこたえてやれたのに


 以下、無音。
 微動だにしない。死んだような空間で。
 与えてと求めるばかりで自らが与えることを忘れてしまった弟は子どものまま兄を殺して、与えられることを待ったまま死んでしまった兄はほんとうのこころを隠したまま。
 どうすればいい。とは。考えるまでもなく。最期にぽろり、泣いた。
 愛して。泣いてねだっても。愛してよ。笑って脅しても。もう与えてはもらえない。
 色と熱を失っていくひとつの肢体を前に渦の中心へと引き込まれるような思考に時計が急速に針を廻らせる音に。奔流の中で届きはしない言の葉が萌え、瞬きほどの間もなく枯れて散る。
 本当に、





(表題)





 兄さん。泣いて探し求める。兄さん。笑って追いかけてくる。
 おおきな翠の瞳はくるくるとよく動いて、ちいさな手は温かかった。華奢なからだのすべてが自分に向けられることがくすぐったくて時には煩わしくて、それでも嬉しかった。これが俺の弟だ。誰も彼もに見せびらかしたくて、けれど柔らかい金色の髪が宝石のように愛しかったから結局自分の腕の中に閉じ込めて名前を呼ぶ。
 なあに。首を傾げて笑う。ああ、本当に大切な。ぎゅうっと抱き締めてやれば高い声で笑って、苦しいよとくすぐったそうに呟いた。
 本当に本当に、大切な。
 滲んでぼやける視界に映る。
 きらきらと新緑のように煌いていた瞳は翳を落として見下ろしてくる。子どもらしく高い熱を宿していた手は氷のように冷たく硬く自分の首を絞めていて。
 どうして。
 からだすべてでぶつけてきた想いを、ただ声にしてくれればよかったのに。例え破滅を招くとしても、俺はこたえてやったのに。どうして、どこで、いつから。
 酸素が足りない。黒く塗り潰されていく思考の中、ただ唇を動かす。子どものままの表情で見下ろしてくる弟へ。頬を濡らす雫が熱い。


 あいして、じゃなくて、あいしてる、だったら

 おれもこたえてやれたのに


 また時計が。急速に針を廻す。逆廻り。また殺し合うのか。
 死んでいく思考の中、決して届きはしない言葉が形を成して、ぼろぼろと崩れ落ちた。
 本当に、