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かぼちゃに弾痕

 銃よりはナイフだろうと刹那は思う。銃は使えば音が出る。音は人を引き寄せる。抑音器を付けてできる限り音を消したとてそれは完全ではないし、何より日常で聴きなれない異音は人の耳に残るものだ。戦場でならともかく、何の変哲もない昼日中の市街では少しも気取られてはいけない。
 なので刹那はナイフを好んだ。相手の懐に入り込まなければならないという難点はあるものの小柄な自分には比較的容易であるし、リスクの小ささには代えられない。刹那は裏路地を走りながら、サバイバルナイフを握った。追従してくる足音はふたりぶん。先程ロックオンと並んで見た、黒いマントのかぼちゃお化けだ。ハロウィンパレードに紛れていたかぼちゃ頭は5つあったと記憶している。ならば3つはロックオンのほうに向かったのだろう。祭騒ぎに便乗して移動する手筈だったが、少々予定が変わった。しかし結果を変えるつもりはないし許されない。
 刹那は足を止める。遠くからは晴れやかな祭のざわめき。近くからはかぼちゃが迫る足音。そしてここは裏路地、袋小路。家の影から飛び出すかぼちゃ。頭はどこかに捨ててきたのか、黒いマントだけを羽織ったふたりの男。浮かぶのは獲物を追い詰めたと言わんばかりの表情。マントの影からこちらを狙う銃口。
 銃よりはナイフだろうと刹那は思う。銃は飛び道具だ。だから目標を視認して引き鉄を絞るまでにほんの僅か時間がかかる。そのほんの僅かが命取りなのだ。真っ直ぐにこちらを捕らえる銃口、へ、向けて。刹那は真っ直ぐに駆け出す。
 ――目標を確認。
 ――刹那・F・セイエイ、排除行動に移る。
 石畳を連続して叩く銃弾、フルオート。耳元で撃たれた空気が悲鳴をあげる。しかし遅い。
 銃よりはナイフだろうと刹那は思う。目標が動けば照準を定め直さなければならない、そこでまたタイムラグが生じる。加えてフルオート、弾倉はすぐに空になる。近接戦で銃火器を持ち出すのは間違いだ。すぐそこに黒マントの怪人。あっという間に距離は詰まった。最早黒マントを羽織っただけの男を一瞬見上げ、道化にすらなれなかったその男の首筋に向けて刃を走らせる。赤いものが散る、のを見届けもせず、刹那は上体を振った。
 銃よりはナイフだろうと刹那は思う。飛び道具はこんなとき、味方を危惧して動きが封じられる。上体を振った勢いのまにまに、刃が男の胸辺りを薙ぐ。浅い。喉元に向かってもう一閃。飛散する悲鳴、赤いもの。刹那はそのまま男たちの間を擦り抜け、もと来た道を逆走する。あくまでも目的は敵戦力の排除であり、殺すことは目的ではない。
 大通りを目指して走る最中、前方の曲がり角から影。そして刹那の耳元で、風が、啼いた。
 背後、置き去った男たちのあたりから、再び悲鳴。
 刹那はゆるりと足を止めた。前方から突き出される銃口の向こうに、見慣れた男。
「よ、お疲れさん」
「……街中での銃の使用は推奨しない、ロックオン」
 ひょいと肩を竦めて、ロックオンは銃をジャケットの内側に仕舞い込んだ。苦笑しながら俺はこれしか持ってないの、などと呟いて、意味もないのに刹那の頭に手を乗せてきた。
「こっちの足跡を追ってくるぐらいだからどんなもんかと思ったが……お粗末だったな」
「ああ」
 すかさず乗せられた手を振り払いながら返す。ちらと背後を窺えば、かぼちゃ道化にもなれなかった男たちは今はただの物言わぬ骸だった。頭上から冗談とも皮肉ともつかない台詞が零れ落ちてくる。
「トリックオアトリート、お粗末なかぼちゃお化けにはお菓子の代わりに銃弾をプレゼント、ってな」
    TRICK or TREAT ?
    2007.10.31(11.01)