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波打ち際の考察と絞殺
抱く抱かれるの違いなんてないと刹那は思う。あるのは突っ込むか突っ込まれるかの違いで、男の征服欲に準じるかそんな矜持をつまらないものと切り捨てて単なる快楽で満足するか、そういうことだろう。自分に限って言えば状況に流されているだけである。
そもそも。刹那はぐるりと眼球を動かす。焦点は白いシーツの波で泳ぐ自らの晒された肢体、その下半身、に、顔を埋める男の揺れる頭。綺麗に波打った茶の髪はベッドサイドに置かれた橙の明かりを受けて一種艶かしくすらある陰影を作り出している。
そもそも。どうしてこの男と肉体の関係を持つに至ったのだったか。男がほんの少し顔を上げる。こちらの視線に気付いたというわけではなく、行為のうちの一動作として。その証拠に男の視線は刹那の下半身に注がれたまま。刹那は息を吐く。意図せず震える呼気。男の唇から覗く、我ながら未だ幼いもの。散々口に含まれていたそれは男の唾液と零れるぬめりで鈍く明かりを反射している。
どうしてこの男と肉体の関係を持つに至ったのだったか。もう覚えてもいない、が、自分は性欲に関しては淡白なほうであり、この男と行為に及ばない限り自ら慰めて欲を吐き出すということもない。この男と出会う以前とてそれは同様で、ならば刹那から求めたということはまずない、はずである。ならやっぱりこいつか。じろりと見下ろしてやるが男は気付きもせず口での愛撫を続けている。密やかに浸透していく濡れた音、紛らわすように、はぁ。刹那はまた息を吐く。熱いそれは悦楽を含んでいるが、刹那としてはひっそりと諦めにも似たものを含ませたつもりである。断じて翻弄されているわけではない、まだ。
きっかけも始まりも覚えていない、それでも流されてずるずるとこんな関係を続けている。求めてきたこの男より拒絶しない自分のほうがよっぽど問題だろう。自分は欲の発散を必要としてはいないし、この男に恋慕の情を抱いているわけでもない、つまり行為に及ぶ理由もないというのに。男の掌が内股を撫で擦る。綺麗な狙撃手の指がぬるりと引き伸ばすのは穢い欲の産物。ひくり、刹那の下半身が震える。
この男が何を思って男の自分を抱こうと思ったのか。性欲を解消するためだけなら自慰で十分だろう。命の保証もない殺伐とした日々の中、人肌が恋しくなったと考えるのがやはり妥当か。男の舌先が裏筋を伝う。女でなく男にそれを求めた理由も分からなくはない。遂行されるべきミッションと機密性、故に限定された空間と人間関係。こんな中でメンバー内の限られた女に手を出そうものならどこかに皺寄せが行くのは目に見えている。何より女は孕む。男ならいくら中に出そうが関係ない。刹那は男の髪に指先を差し入れた。そこまではいい、なら残るは。男が括れを唇できゅうと締め付ける。どうして相手として選ばれたのが自分だったのか。刹那は指先で男の髪を掻き乱した。人間関係に波風が立たなさそうだとでも思ったのだろうか。男の舌先が先端のくぼみをぞろりと舐め上げた。どうして、俺、を。
「んっ……」
刹那は欲を吐き出した。どうしてこいつは、俺、を、選ん、だ? 男はまるで陶酔しているかのように目を閉じて、零れ溢れる白いものを啜っている。どうして、俺を。刹那は大きく息を吐いた。まだ、翻弄されてはいない。粘ついた音を立てながら、男がようやく唇を離して顔を上げた。どうして。どこかぼんやりとした男の瞳に映る自分。まだ、翻弄されては、いない。
刹那はそろりと膝を立て、男の顔を挟んだ。指先を綺麗に波打った髪に絡め、引く。いっ、と、男が悲鳴にも似た声を漏らした。
「刹、那?」
刹那は上体を起こして、男を捕らえていた両の足を開いた。どうして。指は男の頬へ。こいつは。触れた頬がぬるりと滑るのは、ぬるりとしたもので汚れていた足で顔を挟んでやったせいだろう。俺を、選んだ? 掌で汚れた頬を包んでやる。翻弄されては、いない。断じて。
「ロックオン、俺のことが」
正答の可能性を持つ言葉、その意味と行為が結びつく理由。納得はできるが、理解は遠く及ばない感情。どうして、こいつは、俺を、選んだ。口に出しておきながら、けれども刹那は言い切れずにいる。意図を汲んだのか、男の瞳が細められた。橙の明かりを受けて潤むかのように煌く瞳。唇は三日月のように細く細く弧を描く。
今は汚れてしまった狙撃手の掌が、刹那のそれに重なる。硝子を扱うかのようにそっと触れて、自らの頬から喉へと滑らせた。刹那の指先で、とくりとくり、艶かしく身悶えるかのように震えるのは男の動脈だった。三日月から掠れた声が零れて落ちる。
「愛してるよ、刹那」
そのまま触れ合う唇。その渇いたひび割れを覆い隠すのは男が先ほどまで舐め回していた、刹那の吐き出したもの。ぬるりと押し入ってきただけで動こうとしない舌は、白い苦さで刹那の口内に佇んでいる。
抱く抱かれるの違いなんてないと刹那は思う。あるのは突っ込むか突っ込まれるかの違いで、男の征服欲に準じるかそんな矜持をつまらないものと切り捨てて単なる快楽で満足するか、そういうことだろう。
ならば今、自分は。刹那は男の舌に噛み付いた。瞬間びくりと跳ねる男の身体。抑えるかのように刹那は指先に、そっと。力を込めた。男の動脈が歓喜するかのように悶える。ほんの少しだけ唇を解放すれば、転び出た音は愛してると形作られた。穢れで潤った唇と違い、裸の音は渇いて震えている。その音すら飲み込むように刹那は再び男の唇を貪った。
ならば今、自分は。この男を間違いなく抱いている。
そもそも。刹那はぐるりと眼球を動かす。焦点は白いシーツの波で泳ぐ自らの晒された肢体、その下半身、に、顔を埋める男の揺れる頭。綺麗に波打った茶の髪はベッドサイドに置かれた橙の明かりを受けて一種艶かしくすらある陰影を作り出している。
そもそも。どうしてこの男と肉体の関係を持つに至ったのだったか。男がほんの少し顔を上げる。こちらの視線に気付いたというわけではなく、行為のうちの一動作として。その証拠に男の視線は刹那の下半身に注がれたまま。刹那は息を吐く。意図せず震える呼気。男の唇から覗く、我ながら未だ幼いもの。散々口に含まれていたそれは男の唾液と零れるぬめりで鈍く明かりを反射している。
どうしてこの男と肉体の関係を持つに至ったのだったか。もう覚えてもいない、が、自分は性欲に関しては淡白なほうであり、この男と行為に及ばない限り自ら慰めて欲を吐き出すということもない。この男と出会う以前とてそれは同様で、ならば刹那から求めたということはまずない、はずである。ならやっぱりこいつか。じろりと見下ろしてやるが男は気付きもせず口での愛撫を続けている。密やかに浸透していく濡れた音、紛らわすように、はぁ。刹那はまた息を吐く。熱いそれは悦楽を含んでいるが、刹那としてはひっそりと諦めにも似たものを含ませたつもりである。断じて翻弄されているわけではない、まだ。
きっかけも始まりも覚えていない、それでも流されてずるずるとこんな関係を続けている。求めてきたこの男より拒絶しない自分のほうがよっぽど問題だろう。自分は欲の発散を必要としてはいないし、この男に恋慕の情を抱いているわけでもない、つまり行為に及ぶ理由もないというのに。男の掌が内股を撫で擦る。綺麗な狙撃手の指がぬるりと引き伸ばすのは穢い欲の産物。ひくり、刹那の下半身が震える。
この男が何を思って男の自分を抱こうと思ったのか。性欲を解消するためだけなら自慰で十分だろう。命の保証もない殺伐とした日々の中、人肌が恋しくなったと考えるのがやはり妥当か。男の舌先が裏筋を伝う。女でなく男にそれを求めた理由も分からなくはない。遂行されるべきミッションと機密性、故に限定された空間と人間関係。こんな中でメンバー内の限られた女に手を出そうものならどこかに皺寄せが行くのは目に見えている。何より女は孕む。男ならいくら中に出そうが関係ない。刹那は男の髪に指先を差し入れた。そこまではいい、なら残るは。男が括れを唇できゅうと締め付ける。どうして相手として選ばれたのが自分だったのか。刹那は指先で男の髪を掻き乱した。人間関係に波風が立たなさそうだとでも思ったのだろうか。男の舌先が先端のくぼみをぞろりと舐め上げた。どうして、俺、を。
「んっ……」
刹那は欲を吐き出した。どうしてこいつは、俺、を、選ん、だ? 男はまるで陶酔しているかのように目を閉じて、零れ溢れる白いものを啜っている。どうして、俺を。刹那は大きく息を吐いた。まだ、翻弄されてはいない。粘ついた音を立てながら、男がようやく唇を離して顔を上げた。どうして。どこかぼんやりとした男の瞳に映る自分。まだ、翻弄されては、いない。
刹那はそろりと膝を立て、男の顔を挟んだ。指先を綺麗に波打った髪に絡め、引く。いっ、と、男が悲鳴にも似た声を漏らした。
「刹、那?」
刹那は上体を起こして、男を捕らえていた両の足を開いた。どうして。指は男の頬へ。こいつは。触れた頬がぬるりと滑るのは、ぬるりとしたもので汚れていた足で顔を挟んでやったせいだろう。俺を、選んだ? 掌で汚れた頬を包んでやる。翻弄されては、いない。断じて。
「ロックオン、俺のことが」
正答の可能性を持つ言葉、その意味と行為が結びつく理由。納得はできるが、理解は遠く及ばない感情。どうして、こいつは、俺を、選んだ。口に出しておきながら、けれども刹那は言い切れずにいる。意図を汲んだのか、男の瞳が細められた。橙の明かりを受けて潤むかのように煌く瞳。唇は三日月のように細く細く弧を描く。
今は汚れてしまった狙撃手の掌が、刹那のそれに重なる。硝子を扱うかのようにそっと触れて、自らの頬から喉へと滑らせた。刹那の指先で、とくりとくり、艶かしく身悶えるかのように震えるのは男の動脈だった。三日月から掠れた声が零れて落ちる。
「愛してるよ、刹那」
そのまま触れ合う唇。その渇いたひび割れを覆い隠すのは男が先ほどまで舐め回していた、刹那の吐き出したもの。ぬるりと押し入ってきただけで動こうとしない舌は、白い苦さで刹那の口内に佇んでいる。
抱く抱かれるの違いなんてないと刹那は思う。あるのは突っ込むか突っ込まれるかの違いで、男の征服欲に準じるかそんな矜持をつまらないものと切り捨てて単なる快楽で満足するか、そういうことだろう。
ならば今、自分は。刹那は男の舌に噛み付いた。瞬間びくりと跳ねる男の身体。抑えるかのように刹那は指先に、そっと。力を込めた。男の動脈が歓喜するかのように悶える。ほんの少しだけ唇を解放すれば、転び出た音は愛してると形作られた。穢れで潤った唇と違い、裸の音は渇いて震えている。その音すら飲み込むように刹那は再び男の唇を貪った。
ならば今、自分は。この男を間違いなく抱いている。
- そして三日月はふたつに。
2008.01.14
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