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かはたれのゆらぎ
荒野である。荒れた大地と転がる岩石、無骨な岩山。目に見えるのはそれぐらいのもので、他に目にするものは足元でひょろりと頼りなく根を張る名も知らぬ草ぐらいだ。見渡せどもその光景は地平線まで続き、その先は未だ明けぬ空へと続いている。
薄れつつある夜色の空の下、ロックオンは通信端末を弄びながら歩を進めていた。あと一時間もすれば剥き出しの赤茶けた大地にお目にかかれる、といったところだろうか。だが残念なことに、悠長に夜明けを待っている暇はない。予定が少々繰り上がったから。作戦開始前の猶予を無常にも奪い去った悪魔――通信端末を、ロックオンは恨みを込めて握り締め、壊れる前にジャケットのポケットに押し込んだ。歪な形の岩山の前で足を止める。今回の作戦の相棒は岩陰で仮眠中のはずだ。
「せーつなー、起きろー」
控えめな声を振り撒きながら辺りを見回せば、どこか不自然な色の岩陰から覗くブランケットの端を見つけた。極力足音を消しながらロックオンはそちらに近付く。ひょいと覗き込めば、丸いブランケットの塊、から辛うじて見える、あどけないとも取れる寝顔。
さすがにこういう顔は歳相応なんだなぁと内心で頷いてから、ロックオンははたと動きを止めた。もしかすると、いやもしかしなくても、刹那の寝顔って初めて見るんじゃないか? 思い至ってしまったからには好奇心は止めようもなく、先程より更に慎重にロックオンは足音を消してターゲットに接近する。驚くべきことに刹那は目を覚まさない。調子に乗ってブランケットを捲ってみるが、ぴくりと震えて眉を寄せるだけでやはり目覚めはしなかった。胎児のように丸まり、不自然な岩に身を寄せて眠り続ける刹那をまじまじと見下ろす。前言撤回。歳相応、ではなく、実年齢以下だ。
「……ほんっと、愛されてるな、お前」
苦笑してロックオンは岩壁を――正しくは岩山に偽装されたエクシアを見上げた。近くで見れば一発でばれてしまうような偽装だが、上空からの索敵なら誤魔化せる。
普段は触れれば切れてしまいそうな、一分の隙もなく張り詰めた空気を纏う刹那がこれほどまでに心を許している存在。唯一のよすがである、兵器。ロックオンは去来したささやかな嫉妬心を苦笑で掻き消した。果たして兵器とはいえ心許せるモノを持っている刹那に向けての嫉妬だったのか、はたまた刹那に近付くことを許されているエクシアへの嫉妬だったのかは、もう分からない。
「刹那、起きろ。作戦変更だ」
「ん……」
地平線の向こうからゆるゆると浸透してくる陽の光が、空の夜色を薄れさせてゆく。なので覚醒しようと震える瞼と、その下からゆっくりと現れた赤茶の瞳は容易に見て取れた。未だ覚醒しきっていない表情で刹那は上体を起こす。そのまま緩慢な動きで傍らに立つロックオンを見上げ、寝起き特有の声で「……交代?」と呟く。ロックオンは首を振った。
「いや、残念ながら見張り交代の必要はなくなった」
それだけで刹那の表情が変わる。先程までの少年はどこへ行ったのか、目前にいるのは立派な兵士だった。僅かな寂寥感を抱きながら、ロックオンは先程通信端末で受け取った指令を伝える。
「マルナナマルマルから開始予定の作戦をマルゴサンマルに繰り上げ。以降は当初の予定通りに、だと」
「……分かった」
了解の意を示すと同時、刹那はすぐさま行動に移っている。ブランケットを手早く纏めて脇に抱え、起動準備にかかるべくコックピットへと駆け出す。こちらを振り向くことはない。去りゆく小さな背を充分に見送ってから、ロックオンもエクシアに背を向けた。そう遠くない場所で、やはり岩山に偽装されているデュナメスの起動準備に入るべく。
気まぐれに地平線を見やれば、祝福のような陽光が荒野を撫でている。あまりに優しい眩しさと、今から目の当たりにするであろう戦場との落差に目を閉じれば、瞼の裏に先程見た刹那の背中が浮かんで、消えた。
薄れつつある夜色の空の下、ロックオンは通信端末を弄びながら歩を進めていた。あと一時間もすれば剥き出しの赤茶けた大地にお目にかかれる、といったところだろうか。だが残念なことに、悠長に夜明けを待っている暇はない。予定が少々繰り上がったから。作戦開始前の猶予を無常にも奪い去った悪魔――通信端末を、ロックオンは恨みを込めて握り締め、壊れる前にジャケットのポケットに押し込んだ。歪な形の岩山の前で足を止める。今回の作戦の相棒は岩陰で仮眠中のはずだ。
「せーつなー、起きろー」
控えめな声を振り撒きながら辺りを見回せば、どこか不自然な色の岩陰から覗くブランケットの端を見つけた。極力足音を消しながらロックオンはそちらに近付く。ひょいと覗き込めば、丸いブランケットの塊、から辛うじて見える、あどけないとも取れる寝顔。
さすがにこういう顔は歳相応なんだなぁと内心で頷いてから、ロックオンははたと動きを止めた。もしかすると、いやもしかしなくても、刹那の寝顔って初めて見るんじゃないか? 思い至ってしまったからには好奇心は止めようもなく、先程より更に慎重にロックオンは足音を消してターゲットに接近する。驚くべきことに刹那は目を覚まさない。調子に乗ってブランケットを捲ってみるが、ぴくりと震えて眉を寄せるだけでやはり目覚めはしなかった。胎児のように丸まり、不自然な岩に身を寄せて眠り続ける刹那をまじまじと見下ろす。前言撤回。歳相応、ではなく、実年齢以下だ。
「……ほんっと、愛されてるな、お前」
苦笑してロックオンは岩壁を――正しくは岩山に偽装されたエクシアを見上げた。近くで見れば一発でばれてしまうような偽装だが、上空からの索敵なら誤魔化せる。
普段は触れれば切れてしまいそうな、一分の隙もなく張り詰めた空気を纏う刹那がこれほどまでに心を許している存在。唯一のよすがである、兵器。ロックオンは去来したささやかな嫉妬心を苦笑で掻き消した。果たして兵器とはいえ心許せるモノを持っている刹那に向けての嫉妬だったのか、はたまた刹那に近付くことを許されているエクシアへの嫉妬だったのかは、もう分からない。
「刹那、起きろ。作戦変更だ」
「ん……」
地平線の向こうからゆるゆると浸透してくる陽の光が、空の夜色を薄れさせてゆく。なので覚醒しようと震える瞼と、その下からゆっくりと現れた赤茶の瞳は容易に見て取れた。未だ覚醒しきっていない表情で刹那は上体を起こす。そのまま緩慢な動きで傍らに立つロックオンを見上げ、寝起き特有の声で「……交代?」と呟く。ロックオンは首を振った。
「いや、残念ながら見張り交代の必要はなくなった」
それだけで刹那の表情が変わる。先程までの少年はどこへ行ったのか、目前にいるのは立派な兵士だった。僅かな寂寥感を抱きながら、ロックオンは先程通信端末で受け取った指令を伝える。
「マルナナマルマルから開始予定の作戦をマルゴサンマルに繰り上げ。以降は当初の予定通りに、だと」
「……分かった」
了解の意を示すと同時、刹那はすぐさま行動に移っている。ブランケットを手早く纏めて脇に抱え、起動準備にかかるべくコックピットへと駆け出す。こちらを振り向くことはない。去りゆく小さな背を充分に見送ってから、ロックオンもエクシアに背を向けた。そう遠くない場所で、やはり岩山に偽装されているデュナメスの起動準備に入るべく。
気まぐれに地平線を見やれば、祝福のような陽光が荒野を撫でている。あまりに優しい眩しさと、今から目の当たりにするであろう戦場との落差に目を閉じれば、瞼の裏に先程見た刹那の背中が浮かんで、消えた。
- 彼は誰ぞ、暁に立つ彼の者は。
2007.10.13
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